1-8 魔獣救出作戦

 ≪コワイ。コワイ。コワイ!!≫


「大丈夫よ!みんな味方してくれるから!お願い、じっとしていて!」


 魔獣は武装した人に囲まれ、恐怖でどんどん後ずさっていく。アメリアはレオンに叫んだ。


「拘束するか麻酔をするかして、一気に杭を抜かないといけないわ!すごく深く刺さっていて、力がいる!それに、抜こうとすると痛がって暴れるの!!」

「拘束か……ジルベールの【絶対拘束】ノーエスケープで拘束して、ユーグの【金剛力】ウルトラパワーで杭を抜くのが早いな」


 アメリアの横に素早くやってきたレオンは、魔獣を助ける方針にすぐ転換してくれた。アメリアの言っていることを、全面的に信頼してくれたのだ。


「将軍、俺の【絶対拘束】ノーエスケープはかけられれば強力ですが、かなり大きな隙がないと……」

「俺が隙を作る。オリヴィエは治癒魔術の準備をしろ!」

「はい!!」


 レオンは剣を縦に構え、詠唱した。


【天候操作】ウェザーマスター――――雷」


 瞬間、魔獣に向け大きな雷が轟いた。驚いた魔獣が逃げる。その先に、さらに雷。その先にも雷。

 そのまま木が生い茂っている方に向けて、どんどん追い詰めていく。そうして追い詰めたその先で、レオンが剣を裏返した。


「氷」


 パキィ……ン!!


 瞬く間に、魔獣と木々を覆う氷が形成されていく。魔獣は一瞬にして、思うような身動きが取れなくなる。慌てた魔獣がばたついた瞬間、大きな隙が出来た。


「今だ!」

「はい!【絶対拘束】ノーエスケープ!!」


 ジルベールという騎士がしゃがんで呪文を唱えると、彼の目が青く光った。その瞬間、魔獣は丸く青い光に囲まれ、完全に動きが止まる。【絶対拘束】ノーエスケープにかかると、身じろぎすらできないらしい。ジルベールは魔獣を集中して見続けている。


「ジルベールの集中できる時間がリミットだ!」

「俺も行くぞ!【金剛力】ウルトラパワー!!」

「ユーグと一緒に力を合わせよう!全員で杭を抜くぞ!」


 騎士達が一気に押し寄せ、カラスの杭を掴んだ。


「ぐぐぐぐ…………ぐ!!!」


 ゴゴゴ、と音が鳴り、ユーグという騎士の前身が金色に光る。杭は少しずつ、少しずつ抜けていく。しかしまだ、全ては抜け切らない。


「もう一回いくぞ!」

「おおおお……!!」

「ぐぐぐ…………!!」

「ぐぬぬ……!!!」


 レオンを含め男たちが総出で力を込めた――――その瞬間、すぽん、と杭が抜け切った。


「…………抜けたっ!!」

「やったわ!大丈夫、もう大丈夫よ!!」


 ≪イタカッタ……イタカッタ……≫


 しゅるしゅるしゅる、と魔獣はみるみる間に縮んでいき、小さなただのカラスになった。魔獣化が解けたらしい。


「今、治癒をかけます!」


 魔術師のオリヴィエが駆け寄り、治癒の魔術を施す。魔術は素養のある者だけが使える術であり、治癒魔術もその一種だ。オリヴィエが呪文を詠唱して杖を振るうと、緋色に輝く魔術陣が空中に出現し、その光がカラスに収束していった。


「止血まではなんとかできたが、また歩けるようになるかどうか……」

「私に見せてちょうだい。動物は慣れてるから」


 アメリアが代わる。骨が折れてしまっているようだったので、この場で応急処置をすることにした。


「添え木になるものと、包帯はある?」

「騎士団のものがこちらに」

「ありがとう」


 手早く処置をしていく。

 安静にして治療し、訓練すれば、また歩けるようになるだろう。


 ≪アリガトウ、モウイタクナイ≫


「良かった……怖かったね。痛かったね。うちで治療しようね」


 ≪ワカッタ。アリガトウ≫


「犯人のこと、何か覚えている?」


 ≪アオイカミ、アカイメ、オトコ。ドウブツノコトバ、ツカウ。クイ、ウタレタ。アメリア、ツレテコイッテ、イッタ≫


「犯人は青い髪と赤い目の男性で、動物の言葉を使う人物だったらしいわ。その人物が杭を打ったと。彼に、『アメリアを連れて来い』と言われたそうよ」

「何だって……!?アメリアを?」


 アメリアがすぐさま伝えると、レオンが眉間に大きく皺を寄せた。犯人の狙いがアメリアだったということは、明らかだ。

 

「動物の言葉を使う魔術というのは、この世に存在しません。存在するのは祝福ギフトである【以心伝心】アニマルリーディングだけです」


 隣から、魔術師のオリヴィエが言う。レオンは口元に手を当てて考え込んだ。

 

「犯人は【以心伝心】アニマルリーディング持ち……これだけでもかなり絞られるな。相当稀な祝福ギフトだ」

「将軍!杭も現物保存できました。保存の魔術をかけてあります!」

「でかした。……ん?これは…………我が国の術式ではないな…………」


 禍々しい杭は朽ち果てる寸前だったようだが、魔術で保存ができたらしい。それを見ながら、レオンが深刻な声で呟いた。

 描かれている紋様をアメリアが見ると、確かにこのミストラル王国のものではなかった。自身の知識に照らし合わせて、横から補足する。

 

「この術式、国外へ赴いた際に見たことがあるわ。主にタンザ帝国の東部周辺で使われているものよ」

「!やはり、帝国か…………」

「そうなると、将軍。やはり」

「ああ、今回のことは、俺が狙いだろう。アメリア、君は人質に取られるところだったんだと思う」

「人質……」


 タンザ帝国は、つい先日までこのミストラル王国と小競り合いを起こしていた隣国だ。レオンが武勲を立てたのも、その争いの中のことである。彼が奇襲作戦を成功させることで、大きな戦争になりそうだったところを食い止めたのだ。


「帝国は、よほど俺が邪魔らしい……。しかしアメリア、今回は君が居てくれて助かった。この杭は前から目視で確認していたが、魔獣を倒すとすみやかに消滅してしまうんだ。君のお陰で、犯人に関する重要な手がかりを幾つも得ることができた」

「レオンがすぐに信じて、方針転換してくれたからよ。ありがとう。私は……この子を、保護するわ」


 地面に座ったまま、カラスを撫でる。この怪我からリハビリしたとしても、野生に返すのは難しいかもしれない。今後は家で面倒を見ることになる可能性が高い。

 すると、レオンが突然大声を出した。

 

「っ……!アメリア!足を怪我しているんじゃないのか!?」

「?……ああ、この血?骨に異常はないし、大したことじゃないわ」


 アメリアのスカートに滲んだ血を見て、レオンが青褪めている。するとレオンの隣にいたオリヴィエが言った。


「レオン様。ご夫婦お二人で、ご自宅へ転送します。今日は直帰して、奥様の治療に集中されてください」

「っ、すまない。恩に着る…………」

 

 カラスを抱いてレオンと並び立ち、オリヴィエに魔術をかけてもらう。転送の魔術はかなりハイクラスの魔術師でないと使えないものだ。

 周囲の景色がぐにゃりと滲んで、見慣れた侯爵邸の居間に変わった。ここには転送陣がある。決められた術者だけが、決められた転送者だけを送れるようになっているものだ。

 アメリアは家に着いた途端、全身から緊張が抜け、へなへなとその場にへたりこんだ。


「アメリア、大丈夫か!?」

「はあ…………っ、怖かっ、た…………」

 

 カタカタ震えるのを、どうにも止められない。自分の横にそっとカラスを横たえた。彼は疲労のあまり、眠ってしまっている。

 アメリアがくるりとレオンの方を向こうとした、その瞬間である。彼の大きな体に、ぎゅっと強く抱き竦められた。


「アメリア……!無事で、良かった…………!!」

「レオン…………?」

「君が魔獣に攫われたと聞いた時、俺がどんな思いをしたか…………!君に何かあったら、俺は…………!!」

「レオン…………ありがとう、助けに来てくれて…………」

「助けるのは、当たり前だ。俺は、君が居ないと……生きて、いけない…………」


 え……、と、疑問に思う。

 ――だって、そんなの、まるで。


「そんな言い方…………まるで、私のことが、好きみたい…………」

「ああ、好きだよ」


 レオンがその青い瞳で真っ直ぐに射抜いてきたので、アメリアは固まった。


「え……?」

「俺は君だけが好きだ。何年も、前から。君だけが」

 

 頭の中が混乱状態に陥る。一体どういう意味だろうか。だってレオンと言葉を交わしたのは、結婚後が初めてのはずだ。


「俺は君が欲しくて騎士になり、必死で武勲を立てたんだ……」

「え……?」


 アメリアたちの出現に気づいた使用人たちが、大慌てで集まってくる。

 侯爵邸の居間にはアメリアの間抜けな声が、ぽつりと響いたのであった。

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