1-7 空に攫われる

 あの夜会以降、アメリアはぼんやりすることが多くなった。もちろん侯爵夫人として、使用人に気を配ったり、お茶会に参加したりと必要なことはやっている。

 でもアメリアの心は、既に限界を迎えていた。レオンはあれ以降も、アメリアを抱こうとする素振りすら見せない。そもそも魔獣騒ぎが頻繁に起こるせいで、帰ってこない日もあるくらいなのだ。彼は相当忙しいらしい。


 ある日庭でナターシャを撫でていた時のことである。アメリアの両目からはとうとう、ぼろぼろっと涙が溢れ出した。


「ナターシャ…………私、辛い………………っ」


≪アメリア様!どうしたの!?≫


 ナターシャが慌てる。アメリアは心の内を、ナターシャに打ち明けた。


「私……私。レオンが好き………………」


≪!≫


「あの人の優しさや、小さく笑った時の目元…………もう、大好きになってしまったの。どうしようもできないの…………」


≪アメリア様…………≫


「私、ジゼルに嫉妬したのよ……。『残り物姫』のくせに、生意気だよね…………」


≪そんなことないわ≫


「ジゼルに、笑いかけてほしくなかった。彼女を、想って欲しくない。私だけに、笑ってて欲しい…………私を、想っていて欲しいの……っ!」


 ぼろぼろ、ぼろぼろ。涙と一緒に気持ちが零れ落ちていく。アメリアはそのままナターシャに縋り付いて、声を殺してさめざめと泣いた。

 彼女は、自分の心にはっきりと気がついてしまったのだ。あの夜会の日、唐突に自覚した。レオンが好きで好きで、仕方がないのだと言うことに……。


「私、どうしたら、いいんだろ…………」


≪アメリア様。二人はなのだから、きちんと話をしないといけないわ≫


「うん…………」


≪私が思うに、アメリア様は何か誤解を………………。……………………!?≫


「ナターシャ?」


 ナターシャは突然、がばりと空を見上げた。低い姿勢になる。彼女は鋭い警戒態勢を取ってガルルル、と唸った。


「どうしたの!?」


≪アメリア様逃げて!!魔獣よ!!速いっ!!もう来るわ!!≫


 その瞬間、ごうっと音がして、空から黒い物体が滑空してきた。ほんの一瞬のことで、アメリアは全く反応できなかった。アメリアを守ろうとしたナターシャは、呆気なく弾き飛ばされ、体を木に打ち付けた。


「ナターシャ!!」

「グワアアアアーーッ!!!!」


 次の瞬間アメリアは、自分の背丈よりも大きなかぎ爪に引っ掛けられ、掴まれた。そうして一瞬で、空に攫われたのだ。突然高い場所に連れて行かれて、恐怖で体が竦む。


「…………っ!!」

「グワアアアア!!グワアアアアーーッ!!!!!」


 体が震えて止まらない。目だけを何とか動かして上を見ると、そこに居たのはあまりにも巨大な、カラス型の魔獣だった。アメリアは、魔獣を見るのは初めてだ。それは想像よりずっと巨大で、恐ろしい生き物だった。魔獣はアメリアを掴んだまま、空中をすさまじいスピードで移動しているので、今にも気を失いそうだ。

 アメリアはダメ元で、【以心伝心】アニマルリーディングを使用した。魔獣に通じるかどうかは一切不明だが、もしも意思疎通ができれば、状況を打開できるかもしれない。すると流れ込んできたのは、苦しみもがく彼の悲痛な心だった。


 ≪イタイ。クルシイ。イタイ。ミギアシ。ノロイノクイ。≫


「右足……?」


 空を切り裂く轟音の中で、必死に頭を動かし、魔獣の右足を見る。するとそこには確かに、禍々しい杭のようなものが刺さっていた。


「痛いのね?あなた、これを抜いて欲しいのね!?」


 ≪!!≫


 アメリアが話しかけてきたことに、カラスの魔獣は大変驚いたようだ。その真っ赤な目を、これでもかと見開いている。魔獣は勢いよく滑空し、あっと言う間に地面に到着した。前世のジェットコースターよりもずっとすごい迫力に、うっと吐き気を覚える。そのままアメリアはあっという間に離され、地面に投げ出された。


「いたっ…………!!」


 ≪ヌイテ。クイ。イタイ。クルシイ。ヌイテ!!≫


「痛いのね。可哀想に、苦しかったね」


 アメリアは慌てて魔獣に駆け寄った。その羽を優しく撫でる。相当苦しいようで、彼はカタカタと震えていた。


 ≪アメリア。ツレテコイッテ、イワレタ。クイ、ウタレタ。イタイ。クルシイ。≫


「私を、連れて来いって…………?」


 犯人はどうやら、アメリアを名指しで誘拐しようとしたらしい。一体何故、と思うが、今はそれどころじゃない。アメリアは魔獣の右足部分に刺さった禍々しい杭を持ち、抜こうと力を入れた。


「ギヤアアアアアアア!!!!」

「ごめん、ごめんね!痛いよね!!」


 ダメだ、アメリアの力では全然抜けそうにない。それに魔獣は痛みのあまり絶叫してもがき、全然じっとできないようだ。弾き飛ばされそうになったのを、アメリアはすんでのところで避けた。巨大な杭は、魔獣の脚に深く深く突き刺さっていた。


「どうしたら良いの…………!?誰か…………誰か…………!!」


 アメリアが困り果てていると、そこに大きな声を掛ける者がいた。


「アメリア!!無事か!!」

「レオン…………!?」


 声の主は他でもない、レオンだった。後ろには騎士や魔術師を従えている。このスピードで魔獣の位置を特定し、魔術で移動してきたらしい。さすがだ。


「今助ける!!」

「待って!!」


 騎士達が一斉に魔獣に襲い掛かろうとしたので、アメリアは魔獣の前に立ちはだかり、彼を庇うようにした。


「アメリア!!一体何を…………!?」

祝福ギフト【以心伝心】アニマルリーディングを使って、この子と意思疎通をしたの。この子は、呪いの杭を打たれて苦しんでいる!犯人に関する情報も持っている!!」

「何だって……!?」

「何とかして助けたいのよ!!杭を抜くのに、全員協力して!!」

 

 アメリアは、鋭く言い放った。

 こうして騎士団初の、魔獣救出作戦が開始されたのである。

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