1-5 ダメだったのかな
「おはよう、アメリア」
アメリアが目を覚ますと、そこには大層美しい光景が広がっていた。サラリとした金髪を青い目に落としたレオンが、アメリアをじっと見つめていたのである。朝日でキラキラと金髪が透けて見えて、とても綺麗だった。
「お、おはよう…………」
アメリアは昨晩の自分の痴態を思い出し、もごもごと布団に潜り込もうとした。
そこで、はたと気付く。ぐちゃぐちゃだったはずのアメリアの体はすっかり綺麗にされていて、清潔な絹の寝衣を着せられていたのだ。あの後一体どうなったのだろう。
「あ、あの…………これって」
「ん、俺が着せた」
「!!」
なんてことだ。疲れて眠りこけたアメリアは、この美しい将軍様に全てをやらせてしまったらしい。アメリアが青褪めていると、レオンが控えめに笑った。
「式とパーティーだけでも、十分疲れていただろう。いいんだよ」
「でも…………」
「本当にすまないが、俺は今日も仕事なんだ。最近、国内で魔獣が出る騒ぎが頻発していて…………」
「そ、そうなの!?大変ね…………」
「大丈夫、行ってくるよ」
そのままベッドから起き上がったレオンは、アメリアの頬に軽いキスをして去っていった。アメリアはキスされた頬を押さえて、ぷしゅうと赤くなり、固まってしまう。
「わ、私が起きるのを、待っていてくれたんだわ…………」
レオンの分かりにくい優しさに気づき、アメリアは胸がきゅんと高鳴るのを抑えられなかった。
♦︎♢♦︎
あの結婚式から、はや一週間が経った。
「おかえりなさい!」
レオンの帰宅を知らされたアメリアは、パタパタと足音を立てながら玄関の大階段を降りていく。このときアメリアの姿を認めると、レオンは分かりにくいが少し笑うのだ。最初は強張っていた彼の表情筋も、大分和らいできたと思う。
この『お迎え』は、二人の新しい習慣になっていた。
「ただいま」
「お疲れさま。今日も、遅かったのね」
「また魔獣騒ぎがあったんだ」
「また…………?」
魔獣とは、動物に人為的に魔力を込め、強化した存在のことである。本来、滅多にお目にかかれるような存在ではない。しかし最近国内で、魔獣が人々を襲うという事例が多発しているらしい。騎士団はその処理で、おおわらわだと言う。組織のトップに立つ将軍レオンは、言うまでもなく多忙を極めていた。
「遅くなるから、先に寝ていて良いと言ったのに」
「ま、待っていたいから……」
「ありがとう」
レオンはまた、小さく笑った。普段無表情だから、口角をちょっと上げるだけで飛び切り甘やかになる。そしてレオンは、小さな花束をアメリアに渡してきた。
「これ、今日の分」
「わあ。今日は薔薇の花束。紅色の、綺麗な薔薇ね……」
「君の髪の色だと思ったから」
アメリアは一気に、林檎よりも真っ赤に染まってしまった。レオンは口下手なのに、こういうことを平気で言う人なのだ。
「こ、こんなに綺麗な色じゃないわ……」
「俺は本当のことしか言えない」
レオンは平気な顔で、上着をメイドに預けた。彼はどんなに遅くなっても、毎日アメリアに小さな花束を買ってきてくれるのだ。これもまた二人の、新しい習慣である。どうやら、昼休みにわざわざ選びに行っているらしい。
「ふふ。≪はやくお水が欲しい≫って言ってるわ」
「君の
「草花の言葉は、何となくだけどね。花瓶に活けてくるわ」
アメリアは弾む声を抑えきれずに、歌うように言った。
レオンが湯浴みなどを済ませた後、二人は寝る前にお茶をしてから、就寝する。口数は少ないが、レオンは聞き上手だった。アメリアは今日あったことや、白虎のナターシャとのおしゃべりなんかを、彼に言って聞かせるのだ。その合間にレオンは、今日の任務であったことなどをぽつぽつと話していく。
「魔獣が出るっていうことは、誰かが動物に向けて、悪さをしているってことよね」
「魔獣は魔術で、人為的に魔力を込めないと誕生しないからな。悪意を持った誰かの仕業ということだ。それを騎士団で追っている」
「許せないわ…………」
アメリアは顔を俯かせた。
「犯人は必ず捕まえるから、大丈夫だよ」
「うん…………レオン、怪我をしないように気をつけてね」
「ああ。ありがとう」
レオンが夏の青空みたいな目を緩ませて、アメリアを見た。アメリアも思わず微笑んでしまう。
――――ここまでで、十分お分かりいただけただろうか。
望まれない結婚をしたはずのアメリアは、それはそれはもう……とても幸せで、充実した結婚生活を送っていたのである。
一体何故なのか、アメリアにも分からない。でもレオンはその不器用な優しさでもって、アメリアのことをとろとろに甘やかしてくるのだ。
しかし、そんなアメリアには――――非常に、非常に気掛かりなことがあった。
「おやすみ」
「おやすみなさい……」
そう。『二度目』が来ないのである。
レオンは寝る時アメリアをしっかりと抱き寄せ、覆い隠すようにして眠る。そうされるとアメリアは安心して、気持ちが良くて、すぐに眠くなってしまう。
でも、それだけだ。
レオンは初夜以降、二度と――――アメリアのことを、抱かなかったのである。
♦︎♢♦︎
「どうしてなのかしら…………」
あくる日、アメリアは白虎のナターシャをもふもふしながら、溜息を吐いていた。
≪交尾をしないこと?≫
「交尾…………。言ってしまえば、確かにそうだけど…………」
動物であるナターシャの直接的な言葉に、アメリアは頬を赤くした。
「初めての時、私が何か、おかしいことをしたのかしら……。何がダメだったのかな……」
≪交尾に、おかしいも何もないと思うわ。普通は理性を失うものじゃないの≫
「じゃあ…………やっぱり、他に好きな人がいるから。ジゼルのことが好きだから、私を抱けなくなったのかな…………」
アメリアの両目には、一気に涙の膜が張った。こんなの、降嫁する前よりずっと辛い。アメリアはレオンに、確実に惹かれ始めているのだ。
「他に、好きな人がいるから。私じゃやっぱり、ダメだったのかな…………」
≪アメリア様…………≫
ナターシャに頬をぺろぺろと舐められる。涙を拭おうとしてくれているのだ。アメリアはくしゃりと、力無く笑った。
「ごめんね、やっぱり辛いや…………」
レオンに抱かれた時の熱さを、あの狂おしさを、アメリアは心から求めていた。きっと抱かれていれば、まるでレオンに好かれているかのような錯覚に陥ることができたに違いないのに。
アメリアはナターシャに拭われながら、いつまでも涙をポロポロと流していたのだった。
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