1-6 夫婦での夜会
今日は、夫婦として出席する初めての夜会だ。レオンが特に親しくしている面々――――ゲームの攻略対象たちや、主人公とのジゼルとも、本格的に交流しなければならないだろう。アメリアは大変気が重く、溜息をついた。
「あら奥様、溜息を吐くと幸せが逃げてしまいますよ」
「ああ、奥様の肌、今日もすべすべもちもちですわ!」
「今日の夜会の華となること間違いなしですわ!!」
ミリアとマリアが口々に言う。彼女らは思い切り張り切って、アメリアを磨き、飾り立てた。
「遅くなってごめんなさい」
「まだ時間があるから大丈、夫…………」
時間がかかってしまったことを申し訳なく思いながら、準備を終えたアメリアが姿を表すと、レオンは目を見開いて固まってしまった。どこかおかしかっただろうか。
アメリアが今日纏っているのは、水色と白のオーガンジーを幾重にも重ねた、ふわふわのドレスだ。光の加減でグラデーションのようにも見える、不思議な色合いになっている。下にボリュームがある分、上のビスチェ部分はコンパクトで、銀糸で美しい刺繍が密に施されていた。
赤い髪は編み込んで結い上げて、銀細工の髪留めと白薔薇の生花で飾られている。
ミリアとマリアの手腕によって施されたブルー系のメイクは、清楚でいて大人っぽく、アメリアも驚くほど彼女自身の顔を引き立てていた。アメリアは一見地味顔だが、本来持つ造形自体は美しいのだ。
今までは、こんなに立派なドレスで飾り付けられたことはなかった。いくら王家といえども、アメリアは一男五女の末っ子だったから。それに城の侍女たちは、姉の美姫たちを飾るのに必死で、アメリアはいつも後回しにされていたのである。
アメリアは様子のおかしいレオンに、おずおずと尋ねた。
「へ、変でしょうか…………?」
「変じゃない!全然、変じゃない。綺麗だ」
レオンは慌てて言った。彼に綺麗と言われて、アメリアの頬はぽぽぽっと赤く染まった。
「これ、付けてくれたんだな……」
「ええ、もちろん」
アメリアが身につけている豪奢なネックレスとイヤリングは、結婚の記念にとレオンから贈られたものだ。濃く鮮やかに輝くブルーサファイアの宝石は、まるでレオンの美しい瞳みたいな色をしている。
「素敵な品を、贈ってくれてありがとう」
「ああ、良いんだ…………」
どこかぼうっと夢見心地のレオンに伴われて、アメリアは夜会に向かった。そんなレオンの様子を見て、アメリアは心を痛めた。
――やっぱり。私の夫として、好きな人に会うのは辛いよね……。
そうは言っても彼はこの国の侯爵、そして将軍である。迫り来る社交からは逃げられない。今日は王族も出席する、特に大きな夜会なのだ。二人はすぐに出発した。
♦︎♢♦︎
「やあ、見違えたね……!アメリア!」
兄の王太子アルフレッド・ミストラルには、開口一番にこう言われた。
「そうでしょうか……?」
アメリアは控えめに答えた。兄は他の姉たちと同じ、美しい白銀髪に薄紫の瞳を持っている。
兄のアルフレッドは、ゲーム『ジゼルの箱庭』のメイン攻略対象でもある。中性的な美貌を持っていて、とても穏やかな人物だ。姉たちは気が強かったが、兄だけはいつも優しかったので、アメリアも比較的懐いていた。
「とても綺麗だよ。心配したけど、仲良くやっているようで良かった。レオン、最近は全然暇がなかっただろうけど、今夜はゆっくりしていくと良い」
「ありがとうございます、アルフレッド様」
「今日はジゼル達も来ているはずだよ。……ああほら、いたいた」
ジゼル、という言葉にアメリアはピクリと反応した。兄が手を上げて呼んだらしく、間も無く
ジゼルと呼ばれた女性はその美しい桜色の髪をふわりと揺らし、とても嬉しそうにこちらへやってきた。
すると、どうだろう。隣にいるレオンの表情が、明らかに変わった。彼は――――アメリアが今まで見たこともないほどはっきりと、笑ったのである。
――――ズキン。
アメリアの胸は、まるでひび割れたかのように痛んだ。まざまざと見せつけられてしまったからだ。レオンの想い人が、一体誰であるのかを。
「…………っ!!」
「レオン様!それから……アメリア様!!」
ジゼルは綺麗なカーテシーをしながら、桜色の髪をふわりと揺らした。
「アメリア様。お初にお目に掛かります。ココット伯爵家のジゼルと申します。レオン様には常日頃より、お世話になっております」
「は、はい……アメリアと申します。夫がお世話になっております」
アメリアも答える。ザ・ヒロインとも言うべき、彼女のあまりの華やかさに気圧されてしまう。しかもジゼルは、その美しい水色の瞳を少し潤ませ、目を細めて言ったのだ。
「レオン様、本当に、ご結婚なされてしまったのですね…………」
――ああ、やっぱり。二人は、想い合っていたんだ。
アメリアは見たくなかった現実を突きつけられ、その心が真っ黒に染まるのを感じた。絶望しすぎると、人は言葉も出なくなるらしい。呆然としていたところ、ジゼルをエスコートしていた人物も挨拶を述べてきた。
「アメリア様。直接お話するのは初めてですね。魔術師のオリヴィエ・サン・シモンと申します」
「オリヴィエは文字通り、俺の右腕となって働いてくれている人物だ」
「はい……オリヴィエ様のことは、よく存じております。夫が日頃からお世話になっております」
アメリアは姫として鍛えられた仮面を被り直し、必死に答えた。オリヴィエのことは知っている。彼も『ジゼルの箱庭』の攻略対象であるからだ。
彼は魔術師のキャラクターで、黒髪に緋色の瞳を持つ。鋭い美貌を持つが魔術師としての腕は国一番であり、騎士団で将軍レオンを支えるキャラクターなのだ。
それからも様々な話をしたはずだが、アメリアはずっと心ここにあらずだった。今まで交流を避けて、なるべく遠くから見ていた攻略対象達が、口々に自己紹介してくる。ジゼルの幼馴染枠であるディミトリ・ネッケルや、宰相候補のインテリメガネ枠、アンリ・シャリエールなんかが、次々とレオンに挨拶して行った。やはり攻略対象同士、交流が相当深いらしい。中には、ジゼルがアイテムを買いに行く錬金ショップを経営している、テオ・クルーゾー子爵までいた。しかし、知っているキャラクターが勢揃いしても、アメリアの心が浮き立つことはなかった。
一通りの挨拶を終え、二人はダンスホールに出た。レオンの大きな手に包まれると、アメリアの小さな手はすっぽり覆われてしまう。アメリアは元々小柄な人なのだ。身長が高くてスタイルの良い、ジゼルとは違う。こういうところも、レオンに釣り合っていないなと自嘲した。
音楽の切れ目に合わせて、優雅にダンスのステップを踏み出す。姫として教育を受けてきたから、アメリアはどんな相手でも一定のレベル以上のダンスを踊れる。だがレオンのリードは力強く、でも思いやりがあって、とても踊りやすかった。まるで元からそう
こうしていると、まるで世界に二人きりでいるように錯覚してしまう。ズキズキと痛む胸を抑えられず、踊りながらアメリアは言った。
「ジゼル様は…………」
「…………ん?ジゼルがどうかしたか?」
レオンが怪訝な顔をする。アメリアは続けた。
「ジゼル様は、一体、誰と結ばれるんでしょうか…………」
「……わからない。でも、彼女には想う人がいるから…………」
レオンは確かに、そう言った。そうして、その美しい青い瞳を伏せたのだ。
――二人の想いは、どこかですれ違ってしまったのかな。どう見ても、両思いなのに。
――ジゼルに想い人がいると考えて、レオンは私で妥協したのかな……。
アメリアは自分の気持ちがぐちゃぐちゃに壊れていくのを、まるで他人事のようにぼんやりと感じていた。
それ以降、帰りの馬車に乗っても。二人はほとんど言葉を交わすことがなかった。
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