1-3 あっという間の降嫁
無慈悲にも嫁入りの日がやってきてしまった。
父にエスコートされて教会に入場すると、そこには絵画のような美しい人が立って、既に待っていた。
すらりと長い手足。サラリとした金髪は結われて、片側だけ上げるようにセットされていた。そして夏の青空のような、切れ長の瞳で射抜かれる。アメリアの心臓は、否が応でも高鳴った。
――――今からこの人が、私なんかの夫になるんだ……。
信じられなくて、頭の中がぐるぐるしてしまう。
きちんと受け答えはしていたと思うけれど、式の記憶が途中からほとんどない。
結婚披露パーティーではいつも通り、半自動で社交をしていた気がする。でもアメリアはもともと人見知りで知り合いが少ないので、そんなに大変ではなかった。なので出たご馳走を少しずつ、夕食としてありがたくいただいた。
ヒロインのジゼルや攻略対象たちがレオンに挨拶に来た時は、恐ろしくてそっちを見られなかった。だって、もう……申し訳、なさすぎて。レオンはきっと、切ない表情でジゼルを見ていたに違いない。それを、目の当たりにしたくなかったのだ。
アメリアは『ゲーム』を知る者として、いつも遠目で彼らを鑑賞していたのだ。だから、ヒロインのジゼルの攻略状況がどうなっているのか、詳しいことは知らない。レオンのフラグは間違いなく立っている状態だろうけれど、分かるのはそれくらいだった。
前世は推しの壁になりたいタイプの、奥ゆかしいオタクだったし。彼らとの交流はできうる限り、避けてきたくらいなのだ。
そうこうしているうちに、結婚披露パーティーすらもあっという間に終わった。アメリアたちはそのまま馬車に乗り込み、レオンの家、侯爵家のタウンハウスにやってきた。彼はもう侯爵位を継いでいるので、ここが今日からアメリアたちの家になる。
タウンハウスに向かう馬車の中で、彼は何も言葉を発さなかった。やはり自分は歓迎されていないのだと思い知り、アメリアは辛かった。もともと口数の少ないクールキャラという設定だけれど……彼はきっとヒロイン、ジゼルのことを想っているんだろう。ごめんなさい、ごめんなさいと心の中で何度も謝るが、勇気のないアメリアは話しかけることができなかった。
「若奥様、ようこそいらっしゃいました」
「「「お待ちしておりました」」」
タウンハウスに着くと、使用人たちに温かく迎えられて拍子抜けした。敵視されている可能性すら考えていたのだ。しかし、そんなことはないらしい。
「疲れただろう、よく休め」
「は、はい」
レオンはそう言って、さらりとアメリアの頭を撫でてから、去っていった。気遣ってもらったのだと気づき、アメリアの顔は果実よりも真っ赤になった。
――レ、レオン様と会話しちゃった。触れられちゃった。
アメリアは前世から男性にご縁がなかったので、たったこれだけのことで心臓が高鳴ってしまう。
ぼうっとしていると、老紳士が一歩進み出てきた。
「私が家令のジャダンと申します。若奥様、歓迎いたします。旦那様のおっしゃるように、今日はゆっくりしていただきたいところなのですが――………………」
「私たちが!!」
「奥様を磨かせていただきます!!」
ぐいっと前に二人のメイドが出てきた。心なしか、手をわきわきとさせている。
「私はミリアです!」
「私がマリアです!!」
二人のメイドは黒髪黒目で、見た目もそっくりだった。どうやら双子のようだ。
「何たって今日は、
「奥様を磨いて磨いて、磨きまくって、この世で一番美しい状態にさせていただきます!!」
初夜、という言葉に顔がボンと火を吹く。そう。わかってはいたけど、今日は初夜なのだ。レオンとそうなることがうまく想像できなくて、アメリアは固まった。ミリアとマリアは待ちきれないと言った様子で、アメリアの手を引いて行った。
「まずは奥様の部屋へ参りましょう!」
「そうしましょう!!」
アメリアが案内された部屋――――アメリアの部屋だというところは、とても素敵な空間だった。ミントグリーンと白を基調とした、すっきりとした調度品たち。センスが良く、猫足の家具たちは可愛らしさもあり、よくまとまっている。必要十分に安心するようなファブリックの品が置かれ、綺麗な白とピンクの花が活けられていた。
まるで、そこに来る人のことを想って、丁寧に丁寧に作り上げたような部屋だ。意外な様子に、アメリアはびっくりしてしまった。
「まずは、おみ足のマッサージをさせていただきます!」
「そちらに座ってください。只今、紅茶を用意致しますので!」
窓辺のロッキングチェアに促されて、ゆったりと座る。そこから見える庭の景色は、薔薇がいっぱいに咲き誇って美しく、開放的だった。足首から先を熱い湯につけられて足湯をしながら、ほうと息を吐く。紅茶も美味しい。ずっと強張っていた、体の力が抜けた。
「奥様のお肌、とっても綺麗だわ。何て磨き甲斐のありそうな肌なんでしょう!」
「い、いえ。私なんて赤毛だし。目も黄土色で地味だし、顔も平凡だし」
アメリアが謙遜すると、ミリアとマリアはキリッとこちらを向いていった。
「謙遜も行き過ぎると、良くありませんわよ!」
「この赤い御髪、しっかりと丁寧にトリートメントすれば、見違えるように輝くに違いないわ!それこそ、宝石のルビーのように!!」
「奥様の瞳は、まるで宝石のトパーズのようにキラキラしていますわ!!黄土色なんてとんでもない!!お顔はとてもお肌が綺麗で、お手入れが行き届いているし、さすが元お姫様ですわ。お顔立ちだって整っていて、とてもお化粧映えする造りをしていますわ!!」
「ええ…………??」
「良いですか、奥様。どうか、私たちに!!」
「お任せして!くださいまし!!」
ミリアとマリアの激しい剣幕に押され、コクコクと頷く。残り物姫なのに、褒めすぎじゃないかなあ、と独りごちた。
少し休憩したアメリアは浴場へ連れて行かれ、あれよあれよという間に全身を磨き抜かれた。なんか良い匂いのするクリームとか香油とか、ひんやりしたものとかを次々に塗りたくられては揉み込まれ、丁寧に拭き取られた。頭にも次から次へと、何種類ものトリートメントを揉み込まれ、蒸しタオルでほこほこと蒸された。至れり尽くせりだ。
それから部屋に戻り、アメリアは薄化粧を施された。先ほどからずっと思っていたのだが、この二人、かなり腕が良さそうだ。
「これが…………私………………?」
アメリアは、まるでアホみたいな台詞を口にしてしまった。鏡に写っている女性の赤い髪はつやつやと艶めき、薄化粧をほどこされた顔立ちはきちんと可愛らしくて、何だか自分だとは思えなかったのだ。
「奥様自身の魅力ですわ!」
「自信を持ってくださいまし!!」
そんなことを言われたのは、生まれて初めてだった。アメリアは上の姉たちみたいな綺麗な色も、華やかな美しさも持っていなくて、いつも『残り物姫』と言われてきたのに。
……と、感動していたところ、ミリアの持ってきたものにアメリアはぎょっとした。
「ま、まさかそれを、着るの……!?」
「はい!」
「
オーガンジーでできたナイトドレスは、大事なところは花のレースで際どく隠されているものの、有り体に言えばスケスケだった。前のリボンをしゅるりと解けば、あっという間に裸になってしまう。
「ショーツは?ショーツはないの……!?」
「はい!!」
「
なんと、ショーツはないらしい。この世界はゲームの世界だけあって、下着類は発達しているというのに。
アメリアはぐらぐらと目眩がするのを、必死に堪えねばならなかった。
――しょ、初夜が、始まるんだわ……!
現実感がない。まるで意識が追いつかない。
しかしついにアメリアは、正真正銘の「初めて」を迎えてしまうらしかった。
次の更新予定
攻略対象の将軍に褒章で降嫁したんですが、何か愛されているみたいです……? かわい澄香 @kawaiwai
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