1-2 残り物の姫

「あり得ないわ。ねえナターシャ。私、お邪魔虫でしかないじゃない。お父様ったら酷いわ、酷すぎる」


 アメリアがぐずぐずと泣き言を言うと、白虎のナターシャは答えた。


≪そうは言っても、姫様とて立派な姫君なんですから。妻として迎えることは、栄誉には違いないのでは?≫


「私が?美姫だったお姉様たちと違って、ずーっと売れ残ってたのに?ミストラル王国の残り物姫、って笑われていたのに?」


≪姫様、あまり自分を卑下するのは良くありませんよ≫

 

 ナターシャはそう言って、ペロリとアメリアの涙を舐めとった。白虎のナターシャは、アメリアのいちばんの親友なのだ。

 

 アメリアは、動物と話をすることができる。これは神様がくれた、アメリアだけの祝福ギフトだ。この世界の人々は、皆が一人一つずつ、祝福ギフトと呼ばれる特殊能力を持って生まれる。これは、魔術とは体系が全く異なるものだ。

 アメリアの祝福ギフト【以心伝心】アニマルリーディング。動物と言葉を交わせるというものである。


 まあ、アメリアにはこの珍しい祝福ギフトくらいしか取り柄がない。

 美しいプラチナブロンドと薄紫の瞳を持つ兄や姉たちに囲まれて、アメリアは一人だけ祖母譲りの、癖のある赤毛。目は黄色味を帯びた……黄土色。あまりにも地味だ。それに小柄で、スタイルも至って普通。胸はそこそこあるけれど、それだけだ。顔だちも、悪くはないが特別良くもない。とにかく平凡。

 そんなわけで、五人いる姫のうち、美姫と呼ばれた上の四人はすぐに良い縁談が決まって出ていった。しかしアメリアだけお声が掛からず、ミストラル王国の『残り物姫』と揶揄やゆされてきたのである。


 そんな自分を……アメリアを褒章として押し付けられたなんて、将軍レオンはあまりにも不憫すぎる。せっかく立てた、素晴らしい武勲なのに。

 アメリアはあの後すぐ、父である国王に異議申し立てをした。しかし返ってきた言葉は、「だって、お前しか残っておらぬ。隣国との小競り合いで、我が国の財政は逼迫しておる。王家から出せるものはお前だけだ。大人しく降嫁するように」とのことだった。酷い話である。

 

 しかも、この武勲イベントが起きたということは――――間違いなくレオンは、ゲームの『ヒロイン』ジゼルに恋をしているのだ。

 武勲イベントは、レオンルートの中でも重要なフラグイベント。これが起きたら個別ルート入り待ったなしのイベントなのである。

 

 アメリアには、前世の記憶がある。獣医師として動物たちの治療に全力を尽くした、一生分の記憶だ。残念ながら男性にはご縁がなかったので、恋愛要素のあるゲームをよく楽しんでいた。その中でもハマったのが、この世界の原作、『ジゼルの箱庭』。攻略対象との恋愛イベントをこなしながら、錬金術でのモノづくりを極めていくという複合型のゲームであった。

 

 この世界にモブキャラクターとして転生したと分かった時、そりゃあもう浮かれた。前世でも、特に大好きなゲームだったから。

 だからアメリアは、キャラクターたちを邪魔しないように気をつけながら、遠目に楽しんでいたのだ。眉目秀麗な攻略対象たちと、可愛いヒロイン・ジゼルの恋愛模様を眺めて。

 しかも、将軍レオン・ヴァレットなんて、アメリアが最も好きなキャラクターなのである。彼はサラリとした長めの金髪に、夏の青空のような瞳をした、美しい人だ。すらりとした高身長の彼が綺麗な姿勢で歩いている姿を、遠くから眺めるだけで、アメリアは幸せだったというのに。


 よりにもよって、突然の強引な降嫁。まるで国王が残り物を押し付けるみたいに、アメリアとレオンの結婚が決まってしまった。アメリアは――――レオンとジゼルの甘い甘い恋を、引き裂く存在になってしまったのだ。

 レオンに一体、どんな冷たい目で見られるのだろうと思うと恐ろしくて堪らず、同時に悲しかった。


≪アメリア姫。レオン様とのお茶会くらい出たらどうなんです。ずっと体調不良で押し通すなんて。もうすぐ降嫁なんですよ≫


「だって、怖いもの……!レオン様はクールキャラなのよ。間違いなく、絶対零度の視線で見られるわ。お会いすることなんてできない……!それに私と会わないでいれば、ヒロインとの恋が盛り上がって、なんかこう、奇跡が起きて……この降嫁がなかったことになるかもしれないじゃない……!!」


≪それは無理だと思いますけどねぇ≫


 ペロペロと毛繕いをするナターシャの呆れ返った声が響いた。そうして現実は、彼女のいう通りになったのである。

 準備は順調に進み、あっという間に、アメリアの降嫁の日がやってきてしまったのだ。

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