4-3 公爵令嬢誘拐事件

ある日視察に行っていたシリルとフェリシアは、急な夕立に振られ、そろってびしょ濡れになってしまった。


「シリル様!フェリシア様!帰ったらすぐに湯で温まってくださいね!」


ダークにそう言われてから、空間接続で王宮の部屋まで送ってもらう。お互いの髪を拭きあっているうち、使用人によってあっという間に湯が沸かされた。この世界は魔法が普及しているので、こういう作業が早くできるのだ。


「シア、一緒に入らない?」

「……うん、良いよ?」


フェリシアは少し照れつつも答えた。自分もシリルとくっつきたい。


「シア…………キスしよう」

「ん……………」


お互い濡れて冷たくなった口を合わせる。だが口の中は熱くて、そこからとろけそうだった。


しかし、そこで流れ込んできたある『未来』に、フェリシアは固まった。ハッとしてから、突然大声を出す。


「…………シリル!!大変!!」

「どうした?」

「アンネリーゼが危ないわ!!」

「は?アンネリーゼだって?」

「未来が見えたの。テオドールが強硬策に出たみたい。アンネリーゼが誘拐される!私たちに手を出せないから、ノイラート公爵家に目を付けたんだわ……!」

「大変だ!すぐに公爵に連絡を取ろう」

「ええ!」

 

二人はすぐに離れ、バタバタと着替え始めた。

キスの余韻などすっかり霧散してしまった。


執務室に早足で移動しながら、フェリシアはシリルに話した。


「粘膜接触だからか、いっぺんに幾通りもの未来が詳しく流れ込んできたの。説明するわね」

「うん」

「まず、拉致が起こるのは今日。公爵家の私兵に裏切り者がいる。防ぐのはもう間に合わない」

「……助け出すしかないってことだね」

「うん。でも、拉致現場には王太子テオドールと騎士団長ベルトがいるわ」

「何だって?」

「彼らは初めから……脅迫状を守る気はない。最初からアンネリーゼを犯して、見せしめにすることが目的……」


恐ろしい未来のビジョンに、ぶるりと震える。先程見えたビジョンをまざまざと思い返してしまい、悪寒が止まらない。シリルはフェリシアの肩を抱き、撫でて宥めた。


「シア……」

「あのね……日没までに助けなければ、アンネリーゼの貞操が……もう、奪われた後になるわ……」

「日没か。あと少し時間があるな」

「彼らは目が覚めた状態じゃないとと言う理由で……眠らせたアンネリーゼが目を覚ますのを、待っているのよ……」

「外道が……!」

「でも、今回テオドールは今回、予め毒を仕込んだ剣を用意しているの。一撃でも受けたらこっちに死者が出るわ……その未来も沢山見えたの……」

「今の俺たちの戦力だけだと、どうやっても足りないな……今回は騎士団に協力を頼もう」

「あとね、ごめんなさい。拉致の場所がわからないの。多分、王都郊外のどこかよ……」

「大丈夫。追跡ならココの魔法がある」


執務室に到着したシリルは、すぐに皆にあらかたの事情を話し、ダークに指示を出した。


「ダーク。事情を話して、公爵をすぐここへ連れてきてくれ。追跡のため、アンネリーゼの持ち物を持って来るよう伝えて欲しい」

「分かりました」


ダークは≪空間接続≫フルアクセスですぐに移動した。

次いでシリルとフェリシアは、騎士団の駐屯所に向かった。


「確実に信頼できる騎士となると、やっぱりネルケだ。すまない、そこの君。ネルケをすぐに呼んでくれ!!」

「これは、第二王子殿下……!!かしこまりました!!」


鍛錬中だったらしいネルケは、間も無くしてやってきた。彼は汗だくのまま、慌てて来たらしい。


「突然どうした!!シリル!!」

「ノイラート家のアンネリーゼが、誘拐された。向こうにはテオドールとベルト本人がいる。騎士で信頼できる者の力を貸してほしい!」

「何!?アンネリーゼ嬢が!?わかった!!そういうことなら……あいつを呼んでくる!!」

「戦力を集めたら、西棟にある俺の執務室に来てくれ!」

「ああ!!」


ネルケは一目散に走り出した。どうやら当てがあるらしい。


「『あいつ』って……誰かしら?」

「わからない。けど、ネルケは人を見る目は確かだから。きっと大丈夫だ」


それからまた執務室へ戻る。するとノイラート公マティスが、既にそこに来ていた。彼は、もうすっかり顔面蒼白になっていた。


「殿下!!アンネは、既にどこにもおらず…………!!うちの兵に、内通者がいたようで……!!」

「必ず助ける。アンネリーゼの持ち物は?」

「これです。外出時にいつも身につけている……ブローチです」


公爵が震える手で、ブローチを渡してきた。シリルはすぐにココを呼ぶ。


「ココ!これで行方を追跡できるか?」

「できると思います!やります!」


ココはすぐに魔法を発動した。


≪魔力追跡≫ターゲティング!!」


ココの≪魔力追跡≫ターゲティングは魔力の匂いを嗅ぎ分け、持ち主の行方を辿るという魔法だ。

四つん這いになり、獣のような体勢で魔法を作動すると、ココが金色にパッと光った。しばらくしてその光がある一方向に収束していく。


「見つけました!王都周辺の地図をください!」

「これだ」

「郊外のここ……この建物です!」

「そこは確か、廃墟になっている屋敷ですわ。取り壊し予定で見取り図があるはず。持って参ります」


ココが建物を指し示すと、ハンナが素早く反応した。彼女は≪瞬時記録≫ショートハンドという魔法で、何でも一瞬で記憶できるのだ。彼女は見取り図を取りに向かった。

そうしてシリルたちが作戦を練っていると、外でバタバタと足音と金属音がして、けたたましくドアがノックされた。


「入れ!」

「失礼します!!」


先陣を切って入室してきたのは――――他でもない、騎士団副団長のヴィルヘルム・アレキサンダーだった。

シリルもこれには驚いたようで、目を見開いている。


「私は騎士団の副団長、ヴィルヘルムと申します。アンネリーゼ嬢が誘拐されたと聞きました。どうか救出に協力させてください!」


ヴィルヘルムのすぐ後ろには、先ほど応援を頼んだネルケがいた。その他にも数人の騎士を連れてきているようだ。


「ヴィルヘルム殿!君が協力してくれるなら、こちらはとても心強い。すごく助かるよ!」


シリルは歓迎の意を示した。頷いたヴィルヘルムが説明する。


「ありがとうございます!今回は少数精鋭で、特に信頼できる者だけを編成して来ました。解毒と索敵の魔法を使える騎士もいます」

「それはありがたい!今回はテオドールがいるから、毒対策が必須だ」

「こちらの者です」

「初めまして、ルイーザと言います。≪解毒治療≫デトックス≪索敵≫エネミーサーチが使えます」


ルイーザと名乗った女騎士は、茶色のまっすぐな髪を結い上げ、オレンジの目をした凛々しい人物だった。

シリルは鋭く問う。


「ヴィルヘルム、君の使える魔法は?」

「はい。≪集団指揮≫コマンド・マスター≪瞬間移動≫テレポートです。テレパスでの複数人同時指令ができます。また、味方であれば最大四人まで同時に、瞬間移動させられます」

「集団戦向きの能力だね。頼もしい」


ヴィルヘルムは小説に登場するが、魔法までは明文化されていなかった。恐らく魔法は周回ごとに変化しているのだろう。

把握したシリルは、皆を見回してすぐに言った。

  

「敵の首魁は、王太子テオドールと騎士団長ベルトだ。他にも見張りの騎士がいるだろう。時間がない。簡単に作戦を立てたら、すぐに急行するよ!」

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