4-4 救出作戦

一同はダークの≪空間接続≫フルアクセスにより、可能な限り目的の廃墟近くまで飛んだ。そのあとは騎馬で移動する。フェリシアは、シリルの前に横乗りさせてもらった。

シリル陣営からはシリルとフェリシアに加えて、ダーク、ルーチェ、ココが出陣メンバーだ。それに加えて騎士団からヴィルヘルムと、彼が編成した部隊七人である。

一同は間も無く、目的地である廃墟に到達した。廃墟はボロボロで、鬱蒼とした茂みに囲まれていた。

まだ日没には至っていない。間に合うはずだ。


「必ず助け出そう!」

「はい!」

 

部隊は二手に分かれた。

裏からアンネリーゼを助けに向かうのが、ダーク、ルーチェ、そしてフェリシア。それに加えて騎士三人である。フェリシアは今回はシリルと別働することになった。手を繋いでいては彼が満足に戦えないからだ。

残りの者は表で陽動を行う。テオドールとベルトを惹きつける役目だ。


裏から行く部隊が裏口へ回るのを確認してから、建物正面で騎士が爆竹を鳴らした。


「釣られてくれよ…………」


シリルが祈るように言う。ヴィルヘルムと一緒に、わざと正面の見えやすい場所で構えた。


「……よし、来たぞ!」


しばらくすると建物正面に、テオドールとベルト本人が出てきた。数人の騎士を後ろに連れている。

シリルは大声で呼びかけた。


「久しいね、兄上殿!お楽しみの時間に、すまないね?良ければ一戦お願いしたいんだけど、どうかな?」

「シリル…………お前は、いつも俺の邪魔をする!!良いだろう!ここで俺が!直接お前を、殺してやる!!」


テオドールは、やはりシリルを直接相手取るようだ。シリルの後方の茂みに、解毒の使えるルイーザが潜んで待機している。彼女は時間さえあれば、致死毒でも中和できるのだと言う。対テオドール戦の切り札だ。


一方、テオドールの隣に立っていた騎士団長ベルトが、嫌らしい笑みを浮かべてヴィルヘルムに言い放った。

 

「タイミングが悪いな、ヴィルヘルム!もう少しで、あの女を犯してやれたのに……」

「この…………外道が!!」


ヴィルヘルムは大きく吠えた。彼と騎士四人には、ベルトと敵の騎士たちを相手取ってもらうことになる。ベルトは相手の心を読める≪読心術≫《グラスピングマインド》の使い手だ。相当厳しい戦いになるだろう。


「行くぞ、シリル!!」

「来い!!」


戦いの火蓋はすぐに切られた。テオドールが素早く接近し、勢いよくシリルに切り掛かる。シリルは何とかその刃を受け止めた。ギリギリと、刃と刃がせめぎ合う。


「良いことを教えてやろう、弟よ。この剣を一撃でも受けたら、お前はお陀仏だよ」

「…………」

 

それは既に知っているが、シリルは何も言わなかった。


ヒュンヒュンヒュン!!


弓矢が三本、正確にテオドールを狙って飛んできた。しかしテオドールは瞬時に反応して、それを剣で次々に打ち落とした。

その隙にシリルは切り込むことなく、テオドールから大きく距離を取った。

今日の一番の目的は時間稼ぎだ。テオドールを討ち取ることではない。

これは小説にある設定なのだが、テオドールは稀代の剣の天才なのだ。深追いするのはかえって危険だった。


「はぁん、狡いなあ。お前には、弓使いがついているのか?」

「そうだよ!弓の名手だ!」


ココは茂みに隠れ潜んで、常にテオドールを狙っている。それでもテオドールは余裕の態度を崩さず、またシリルに切り込んできた。


「ぐっ!」

「甘い!」


鋭い踏み込みにに押し負ける。身を翻したテオドールが回転し、そのままシリルの足元を狙った。


(左後ろに移動)


脳内にテレパスが響くと同時、シリルはテオドールの左後ろに瞬間移動した。

すぐに殺意を持って踏み込む。テオドールは難なくそれを受け止めた。


「チッ。ヴィルヘルムの能力か…………忌々しい!」

「さすがだよね」


シリルは戦いながらも、ヴィルヘルムの能力の高さに舌を巻いていた。向こうでベルトを相手取っているのにも関わらず、全体の戦況を把握してテレパスを送り、≪瞬間移動≫テレポートを作動しているのだ。マルチタスクにも程がある。


ヒュンヒュン!!


「くそっ」


テオドールはまた飛んできた弓矢を打ち落とした。シリルはその隙に距離を取る。

しかし、やはりテオドールの戦闘能力は異常だ。全員力を合わせて挑んで、互角に持ち込むのが精一杯である。


「ふん、こんなことを続ける気か。どちらが先に疲れるかな……?」

「負けない……絶対に!!」


ここから、兄弟の壮絶な我慢比べが始まった。



♦︎♢♦︎


 

一方、見取り図で確認した裏口からはダークとルーチェ、フェリシア、騎士三人が一緒に潜入していた。

フェリシアはダークと手を繋いでいる。そうして地図を見ながら、流れ込んできやすい危険な未来を確認して、指示を出していった。同時に≪心視≫ヴィジュアリゼーションを使って、遮蔽物ごしに敵の人数を把握していく。


「次の角を右。その先に三人いるわ」

「先に討ち取ってきます」

「私たちも参ります」


ダークが離れ、二人の騎士が続く。フェリシアたちは影に隠れて覗いた。三人が素早く接敵し、音を立てずに気絶させた。


「ここをまっすぐ行ったら、二階に登って。そこに五人いるわ。その先にアンネリーゼがいる!」

「私たち騎士三人で足止めをしますので、御三方は先に行ってください!」

「わかりました!」


騎士たちが出ていって、派手に戦闘を始めた。

フェリシアたちはダークの≪気配遮断≫パーフェクト・コバートに入れてもらい、その間をすり抜けていく。彼のこの魔法は、自分と近くにいる味方の気配を完全に遮断するという、隠密向きのものだ。


「あそこの扉よ!見張りの騎士二人のうち、黒髪のほうが盾になる魔法を持ってるわ」

「ルーチェ、行くぞ」

「うん!」


兄弟二人は気配を遮断したまま接敵した。


≪絶対貫通≫マジカルヒット!」


ルーチェが盾を貫通する攻撃を繰り出し、剣で致命傷を与える。ダークももう一人を難なく切り伏せた。


「フェリシア様!」

「う……うん!」


フェリシアの可愛い小さなルーチェは、いつの間にこんなに強くなったんだろう……。これには少々動揺したフェリシアであるが、すぐに駆け出した。

 

「アンネ!!」


扉を開けて叫ぶと、衣服を乱されたアンネリーゼがそこで泣いていた。


「シア!?どうして…………!!」

「アンネ……!もしかして、奴らに何かされた……?」

「ううん、まだ、大丈夫よ……。服を、破かれながら……っ、ちょうど、襲われそうになっていたところで、爆音が鳴って…………わ、私…………!!怖かっ、た………………!!」

「辛かったね……!!もう大丈夫よ!!」


二人は抱き合った。その間に、アンネリーゼの手足を繋いでいた太い縄を、ダークが素早く破壊した。すぐに≪空間接続≫フルアクセスを発動する。


「王宮に繋がっています!急いで!」

「アンネ、行こう!」

「ええ……!」


四人はすぐに退避した。王宮で公爵マティスが待つ部屋に雪崩れ込む。アンネリーゼは、泣きながらマティスの胸に飛び込んだ。

避難が終わると、ダークは再度≪空間接続≫フルアクセスを発動した。


「シリル様たちを退避させて来ます!」

「お願い!」


シリルは無事だろうか。

こうして離れることがほとんどないので、フェリシアは激しい不安に駆られたのだった。



♦︎♢♦︎



「弟よ……大分、疲れてきたようだな?」

「…………まだまだ!!」


シリルは激戦を続けていた。こちらの戦力がここまで揃っていても、相手取るので精一杯。むしろ段々と疲弊させられている。

一方のテオドールは、汗ひとつかいていない。相手はやはり化け物だった。


「これはどうだ!」


テオドールが、幾つも連続で苛烈な攻撃を繰り広げてきた。シリルは何とかそれを防ごうとしたが、腹に薄く一撃を食らってしまった。


「ぐぅっ…………!!」

「入ったな!!良かったなぁ……ゆっくり苦しんで、じわじわと死ぬ毒にしておいてやったよ!!どうだ、親切だろう?」


(ルイーザの元へ移動)


すぐにテレパスが聞こえ、ルイーザの目の前へ飛ばされた。


≪解毒治療≫デトックス!…………っ!!」

「させると思うのか!!」


凄まじいスピードで駆け込んできたテオドールがルイーザに向かって切り込み、シリルがすんでで退けた。

――解毒する隙を与えてもらえない!このままではジリ貧だ……!!


そう思った瞬間だった。

全員の脳内に、待ち望んだテレパスが響いた。


(ダーク到着。全員移動)


テオドールとベルトから離れた場所に飛ばされる。既にダークが≪空間接続≫フルアクセスを繋げていた。


「間に合った…………!!」

「殿下が毒を受けました!!」

「抱えます!!」


ネルケとヴィルヘルムがシリルを抱える。後ろから大きく吠える声が聞こえた。


「俺から尻尾を巻いて逃げると言うのか!!シリル!!」


テオドールだ。恐ろしい形相をし、ものすごい勢いでこちらへ駆けてくる。


「逃げるに、決まってるだろ……俺は、死にたくない……!!」


一同は何とか王宮に入る。間一髪でダークが空間を閉じた。テオドールはもう、目の前に迫っていた。


「シリル!!」


泣きそうな声でフェリシアが叫ぶ。


「毒を受けちゃった、ごめん…………ぐ……っ、がはっ……!!」


フェリシアが抱き止めると、シリルが血混じりの吐瀉物を吐き出した。ルイーザがすぐに魔法を発動する。

 

「今、解毒をかけます!≪解毒治療≫デトックス……!!」


横たえたシリルの顔色が、徐々に回復していく。しばらくして、完全に解毒されたようだった。


「毒は取り除きました!」

「シリル!シリル大丈夫……!?」

「大丈夫だよ、シア…………≪再生≫オール・クリア…………」


シリルの傷口が、あっという間に塞がっていく。これでもう大丈夫だ。


「アンネリーゼは……?」

「無事よ!!向こうにいるわ!!」


アンネリーゼは父に抱きしめられ、まだ泣いていた。シリルたちに気づいた二人はすぐに近づいてきた。


「ありがとうございます!殿下…………!!命懸けで助けていただいて、何とお礼を言ったら良いか…………!!」

「シリル…………ありがとう…………!!」


アンネリーゼの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。よほど恐ろしい思いをしたに違いない。


「めでたし、だね……。ヴィルヘルム、本当にありがとう…………」

「お礼を言うのは……こちらの方です」


ベルトを相手取っていたヴィルヘルムは、激しい切り傷だらけで血まみれだ。文字通り、命懸けの戦いだったのだろう。

そんなヴィルヘルムは――――じっと、切なげにアンネリーゼのことを見つめていた。

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