1-3 現状確認と仮初の婚約
シリルはとても優しかった。
フェリシアを王宮に『拉致』した後、まずはすっかり湯浴みをさせたのだ。フェリシアの桜色の髪は本来の輝きを取り戻し、不潔だった肌の状態も良くなった。
それから彼は、十分な温かい食事も摂らせてくれた。しかも、フェリシアには快適な部屋まで用意されていたのだ。フェリシアの魔法が目的なのだとしても、破格の対応である。
そうしてフェリシアがすっかりリラックスできてから、彼は話し始めた。
「まずは現状の確認をしよう」
「はい」
コクンと頷く。
家に軟禁されていたフェリシアは、何の情報も持っていない。原作がどこまで進んでいるのかすらも、何もわからなかった。
「昨日、俺の父……国王が病に臥せった。俺はそれで前世の記憶を思い出したところだ」
なんと、記憶を思い出した翌日に、早速フェリシアを勧誘しに来たらしい。ものすごい行動力だ。
「となると……原作が始まる前ですね?」
「そう。今は三月。原作小説の主人公カロリーナと、二人の王子が出会うのは四月の茶会だから……小説が始まるのは約一ヶ月後だ。今は国王が臥せったばかりなので、多少の混乱はあるものの、政治はまだきちんと機能している」
「これから少しずつ、政治が停滞していくんですよね……」
シリルは手元の紙に、サラサラと状況を書き留めていった。一緒に見ながら確認していく。
「ちなみに君の実家だけど、まだ本格的な悪事には手を染めていない」
「そうなんですか」
「君の能力を利用して商売を有利に進め、少しズルをしていたという程度だね」
「原作だと、王太子側に取り込まれて、もっと悪の道を進むはずですよね……」
原作のフェリシアは、悪に染まった実家の罪を丸ごと着せられて、最期は処刑されるのだ。想像するだけで身震いする。
「そこで、君を利用する。君のことは、
「なるほど……。そうなると、私を軟禁していた私の家は、殿下に大きな弱みを握られたも同然。殿下の下に、付かざるを得ないというわけですね」
「その通り」
シリルはからからと笑った。飄々としているが、かなり抜け目ない性格のようだ。
「俺は側妃の子である上、母は既に死んでいる。後ろ盾がほとんどないんだ。この機に侯爵家をバックにつけられるならありがたい」
「私は、もちろん構いません」
「で、ここからがお願いなんだけど…………」
シリルは首を傾げて、言いにくそうにした。金色の髪がさらりと流れて綺麗だ。
「
「ええ。相手に触れている面積が大きく、触れている時間が長いほど、細かく先の未来まで流れてきます。タイミングはまちまちですが……」
「君にはその魔法を最大限に使ってもらう必要がある。具体的には、俺が取る選択肢によって、国の運命がどうなるかを見てもらいたい。あとは、暗殺されるリスクが次第に高くなると思うから、それを予知してもらいたいんだ」
「大丈夫です。殿下の右腕になるのですから」
「うん。それで……ずっと、手を繋いでいて欲しいんだ」
「なるほど……それは有効な手段ですね」
常時手を繋いでいれば、それだけ多くの未来を予測できる。
フェリシアの
「良いですよ?」
「い、良いんだ……。いや、君が良いなら、良いんだけど」
シリルは少し照れているようだ。さらに、彼は遠慮がちに続けた。
「それから、君の
「ええ」
「できれば夜会に常に同伴して、相手が嘘を吐いている時は耳打ちで教えて欲しいんだ」
「なるほど……分かりました」
フェリシアが
「…………これらの条件を満たすために必要なこと、君なら分かるよね」
「婚約……ですね」
「そう……。婚約して欲しいんだ、俺と」
どうしてそんなに申し訳なさそうにするのか、フェリシアには分からなかった。だってシリルはフェリシアの恩人である上、王子なのに。
「もちろん、君の不利益にならないようにする。クーデターが成功して、国の治世が安定したら……君が不利にならない形で婚約を解消する」
「はあ……」
「だから……俺と。婚約、してください」
シリルの水色の瞳には、切実な色があった。まるで本当に愛している人に、必死に愛を乞うているみたいだ。
そんな関係ではないはずなのに、フェリシアはドキドキと、自分の心臓が高鳴る音を聞いた。
「はい。分かりました」
シリルの手をそっと取る。彼は中性的な美貌の持ち主だが、手はしっかり男のひとのかたちをしていた。
こうして、シリルとフェリシアは仮初の婚約者となったのである。
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薄幸令嬢、第二王子に拉致される〜彼とクーデター起こします〜 かわい澄香 @kawaiwai
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