2-2 ユリウスの親友
「アデルのケーキ、貴族の間ですごい評判になっているわよ。これはもう、大繁盛間違いなしね」
「うう、噂が広まるのは嬉しいけど、準備するケーキの数に迷うのよねえ……」
あくる日アデルは、親友エリーゼと自室でお茶を飲んでいた。近況報告を兼ねて、エリーゼとはしょっ中会っているのだ。
しかし、二人でまったりしていたところに、珍しいことが起こった。今日は勤務休みのユリウスが、部屋を訪ねてきたのである。
「アデル、来客中にすまない。少しいいか?」
「ユリウス。全然問題ないわ。ね、エリーゼ?」
エリーゼに聞くと、すぐに頷く。ユリウスは彼女に向けて、軽く会釈をした。この二人は既に何度か顔を合わせており、面識があるのだ。
「ちょっと公爵家に用事があるとのことで、友人のアレックスが急にやって来たんだ。良ければ君を、彼に紹介したくて……。突然で申し訳ないけれど、良ければエリーゼ嬢も一緒に。四人で昼食、なんてどうかな?」
「私は良いわ。でもエリーゼは、大丈夫?」
「喜んで」
エリーゼはよく『薄幸そう』と称されるその美貌をやわらげて、頷いてくれた。
――ついに、アレックスがきたか。
いつかこういう日が来るとは思っていたが、今日は突然のことで驚いた。アデルは気合を入れ、慌てて心の準備をしたのだった。
♦︎♢♦︎
「アーデルハイト様、お初にお目にかかります。ギルバート侯爵家嫡男、アレックス・ギルバートと申します」
――うーん、立ち絵やスチルの通り。これは華々しい美形だわ。
アデルは挨拶するアレックスを見上げながら、ふむと感心していた。
アレックス・ギルバート。
乙女ゲーム『煉獄に咲く野薔薇』におけるメイン攻略対象のキャラクターであり、お色気チャラ男担当だった男である。前世日本でも、お姉様方に絶大な人気を博していたっけ。
身長は確か、百八十八センチだったはず。百八十二センチのユリウスよりも、一段と高い。小柄なアデルがその顔を見上げると、首が痛くなってしまうほどである。
しかしその体躯はスラリとしなやかで、ガタイが良すぎるということもない。正に絶妙なバランスだ。
アレックスと言えば、貴族女性から『赤髪の貴公子』と称されていて、モテモテである。その呼び名の通り、明るく美しい赤髪を肩甲骨くらいまで伸ばしており、黒のリボンで一つに
今日は騎士服を着崩して着ており、それがまた大人の色気を演出していた。さすがはメイン攻略対象だ。
「アーデルハイトと申します。いつも夫がお世話になっております」
「ああ……アーデルハイト様。ユリウスから聞いていた通りです」
アレックスは悪戯っぽくウインクしてから、美しく微笑んだ。まるでアイドルのファンサみたいに、サマになっている。
「本当に精霊のような美しさだ。一瞬天界に迷い込んだのかと思いました。こうしてお目にかかれて光栄です」
流れるように甘い褒め言葉を紡ぎ、気障っぽくアデルの手の甲にキスを落とす。これは、ご婦人方が騒ぐはずである。彼が流してきた、浮名の数々にも納得した。
「まあ、褒めすぎです」
「いいえ、俺はご婦人に嘘は言いませんよ。アデル様とお呼びしても?」
「様は要りません。夫の同窓で親しいご友人なのですから、敬語も止めましょう?」
「嬉しいな、では、俺もアレックスと。お言葉に甘えて、気軽に話させてもらうね」
「はい、そこまで!」
スラスラと会話を続けていると、突然ユリウスが割って入り、アデルとアレックスをばりっと引き剥がした。
「もういいだろう!アレックス、お前……。いちいち近いんだよ」
「ユリウスのケーチ。あんまり心が狭いと、愛想尽かされるぞ」
その随分と親しげな様子に、アデルは思わず笑ってしまう。
「本当に仲が良いのね!……コホン。それではアレックス、紹介します。こちら、私の一番の親友である、エリーゼ・ギュンター伯爵令嬢よ」
アデルの言葉を受けて、横に立っていたエリーゼが一歩進み出た。紹介するタイミングを伺っていたのだ。
「エリーゼと申します。アレックス様、お噂はかねがね」
「ああ、白百合のようなご令嬢。先ほどから、あなたのことが気になって仕方がなかったんです。俺のことをご存じでいらっしゃったとは、光栄の極みです」
アレックスは顔を綻ばせ、淀みなく口説き文句を並べる。よくもまあこんな簡単に美辞麗句を紡げるものだと、アデルは逆に感心してしまい、エリーゼの反応を見ていた。
「それほどの者ではございませんわ」
「いいえ、あなたはそれほど美しい。山奥に一輪だけ、凛と咲く白百合のようです。これも何かの縁だ。是非仲良くしていただきたいな」
「はい、その機会が、もしあれば」
アレックスとしては、エリーゼはかなり好みのタイプのようだ。しかし、おっとりと笑いながらも華麗に受け流すエリーゼである。
仕方がない。エリーゼのいちばん嫌いなものは『チャラい男性』なのだから。
しかしアレックスは、さしてダメージも受けていない様子で、言葉を続けた。
「いっそのこと、この四人で敬語も止めませんか?何だかややこしいですから」
「それには私も賛成ですが。でも、良いでしょうか、公爵様?」
「俺は全く構いません」
エリーゼの問いかけに、ユリウスは気軽に頷いた。彼は元々、気位の高い人ではない。
「実は昼食の準備が出来上がるまで、まだ時間がありそうだから、俺とユリウスで余興をやろうと話していたんだよ。なあ、ユリウス?」
「そうだ。良ければ……俺達の模擬戦を見ないか?アデルに、エリーゼ嬢?」
その言葉に、アデルは一気に顔を輝かせてしまった。ユリウスの戦う姿が生で見られるなんて、眼福である。
エリーゼも了承して、アデルたちは庭の訓練場へ向かった。
こうして、この後かなり長い付き合いになる、四人の交流が始まったのである。
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