第二章

2-1 公爵夫人のお茶会

 今日はアデルが、自宅である公爵邸で主催する、初めての茶会だ。

 茶会はガーデンパーティー形式にした。今は夏の終わりで、比較的涼しく、公爵邸の庭はいつでも美しい花々が咲き誇っている。品種によっては、今遅れて見頃となっている薔薇もあるのだ。


 茶会を開くに当たって、アデルと義母ははブランカは、招待客の選定を慎重に行った。

 そこで決めた、今回の招待客の条件は三つである。

 一、その女性の属する家が、第一王子派閥寄りか中立派に属すること。

 二、既婚者であること。

 三、義母ブランカが、常識があって信用できると判断した人物であること。

 以上である。

 今まさに始まったばかりの茶会には、これらの条件をクリアした、総勢二十人ほどの婦人が集まっている。こうして華やかな貴婦人方が並んでいると壮観で、少し気後れしそうになるが、アデルは気合を入れ直して背筋を伸ばした。見かけだけでも堂々として見せることが、何より大切である。


「皆様、本日は私の開くお茶会に来ていただき、誠にありがとうございます。それでは、ゆるりと始めましょう」


 アデルの挨拶により、茶会は落ち着いたなごやかな雰囲気でスタートした。

 

 今日のアデルが着ているのは、透け感のあるシアー素材で胸元から首までを覆った、ティファニーブルーの清楚なドレスである。せっかくなので、お店のイメージカラーと色を揃えてみた。この色は、アデルのプラチナブロンドにも馴染んでいると思う。スカート部分はすっきりとしたAラインだ。

 髪はハーフアップにして、金細工にエメラルドと真珠の嵌ったバレッタでまとめている。


「アーデルハイト様、今日のドレスもとても素敵ですわ。そうそう、先日の夜会でお見かけしたドレスときたら、とても洗練されていてお似合いで……皆、興味津々でしたのよ?」

「ありがとうございます。義母のブランカが仕立ててくれたんです。ああ、良ければ気軽にアデルとお呼びください。皆様も」

「ではお言葉に甘えて。アデル様」

 

 先日夜会で会ったばかりの、マヌエラ・ジーゲル伯爵夫人が早速ドレスを誉めてくれた。とても友好的な雰囲気にほっとする。


「マヌエラ様は紅茶がお好きでいらっしゃるとか。今日のお茶は夏摘みのダージリンを取り寄せたものです。ぜひご賞味ください」

「あら、嬉しいわ。もしかしてダール地方のものかしら?」

「流石、ご名答ですわ、マヌエラ様」

 

 アデルは淀みなく会話を続けた。それぞれの夫人の好きなものや趣味のデータは、ブランカに教えられて、事細かに頭に入っている。何たって、記憶力だけは自信があるのだ。それと先日の夜会の記憶などを頼りにして、アデルは一人の漏れもなく押さえるべきポイントを褒め、お茶とクッキーを振る舞いながら話題を振って行った。

 

「メリッタ様、今日つけていらっしゃる、そのブローチは立体刺繍ですか?こんな素敵なもの、今まで見たことがありませんわ」

 

 アデルはとうとう、本日の鍵となる人物に話を振った。彼女はメリッタ・グラスマン侯爵夫人。女性貴族における流行の発信源、いわゆるインフルエンサーである。歳は三十二でアデルより大分上だが、今日もセンスの良い濃紺のドレスに身を包んでおり、その姿は年齢不詳に見える。ドレスには、よく見ると紺色で美しい刺繍が施されており、晩夏の日差しを受けて、素晴らしい立体効果を発揮していた。

 彼女はウェーブの掛かった艶めくダークブロンドに、知性的な水色の瞳をした婦人である。そのファッションや生活スタイルは、多くの貴族女性達の憧れなのだ。


「ああ、このスミレのブローチ?よく気がついてくださったわね、アデル様。実は刺繍作家のイナと一緒に、研究して作ったのよ?」

「一見すると刺繍だと分からないくらい、精巧な出来ですわ。なんて面白い試みなんでしょう。刺繍作家のイナ様と言えば、デザイナー界隈でいつも旋風を巻き起こしている、あの方ですわよね?」

「ふふ、そうよ。私の昔馴染みなの」


 メリッタの付けている立体刺繍のブローチは、お世辞なしに素晴らしかった。針金で基礎を作り、薄布に刺繍を施しているようだ。刺繍作家のイナと言えば転生者で、リボン刺繍や立体刺繍など、これまでにない技術を服飾界に持ち込んだことで有名である。

 アデルが感心していると、メリッタ様が続けた。


「ご婦人方は皆、アデル様とお話ししてみたくて、ウズウズしていたのよ?先日の夜会のユリウス様とのダンスの、ロマンチックなことと言ったら……」

「ああ、私も思わず見惚れてしまったわ!あのユリウス様が微笑んでいるところなんて、目にしたことがなかったもの」

「仲睦まじくて、本当に羨ましいわ。とても愛されていらっしゃるのね」


 先日のユリウスとのダンスのことで話題が盛り上がり、アデルは思わず赤面してしまう。やっぱり、相当目立っていたようだ。確かにあの時は、ユリウスも甘く微笑んでいたし。

 その実態は愛のない契約結婚だなどと、口が裂けても言えそうにない。


「まあ、アデル様ったら、リンゴみたいに赤くなってしまったわ。なんて可愛らしいの!」

「あらあら、私もこんな時代に戻りたいものだわ〜」


 今日の招待客はほとんどがアデルより歳上なので、すっかり揶揄からかわれてしまう。アデルは話題を変えるべく――――いや、本題を切り出すべく、コホンと咳払いしてみせた。


「皆様、揶揄うのはそれくらいにして下さいな。実は今日は皆様だけに、特別にご賞味いただきたいものがあるのです」


 控えていたメイドに合図すると、ワゴンに乗せられたケーキの数々が速やかに運ばれてきた。パティスリーアデルの看板商品となるイチゴのショートケーキに、季節の甘夏のタルト、フランボワーズのムースをたっぷり用意している。

 ご婦人方からは、ワッと歓声が上がった。

 

「なんて美しいケーキなんでしょう!」

「実は、わたくしの趣味はケーキ作りなんです。それで今度、洋菓子店をオープンする予定になっていて。皆様には今日いち早く、それを味わっていただきたいのですわ」

「アデル様が?自らお作りになったんですか!?」

「そうです。お恥ずかしながら」


 甘いものに滅法弱いと噂のメリッタが、目を輝かせながら言った。その表情に忌避感がなくてほっとする。他のご婦人方も、大丈夫そうだ。


「お好きなものを選んでください。甘いものが苦手な方には、甘さ控えめのものもご用意しています。遠慮なくおっしゃってくださいませ」

 

 とは言え、今日ご招待した方々は皆、甘いものが好きだと知っているのだが。念のための申し出である。

 今日はパティスリーアデルの、絶好の宣伝のチャンス。ご婦人方に味やデコレーションのレベルを知ってもらい、口コミで広めてもらうのが狙いなのだ。

 皆がそれぞれ好きなケーキを選び、皿にサーブされていく。紅茶も、淹れ直した温かいものにすっかり取り替え、準備は万端である。


「それでは、ご賞味ください。お気に召していただけるといいのですが。勿論、お代わりも自由ですわ」

 

 アデルの言葉を合図に、ご婦人方がケーキを一口大に切り、口に運んでいく。アデルの心臓は、緊張と期待でドキドキと高鳴った。


「美味しい……!」

「こんな口当たり、初めてだわ。まるで溶けるよう……」

「ここまで濃厚なムースは食べたことがないわ。でも、幾らでも食べられそう」

「このショートケーキは、淡雪のようよ。甘さも丁度良いの」


 口々に褒め称える声が上がり、ご婦人方は皆とっても良い笑顔になった。お世辞で言っているわけではなさそうだ。アデルはホッと胸を撫で下ろした。


「アデル様!」

「はいっ!」


 その瞬間、インフルエンサーであるメリッタに大きく名前を呼ばれ、アデルはビクッとする。そちらを見れば、彼女は爛々とした目を隠しもせず、胸の前で両手を組み、感動した様子で言った。

 

「これは間違いなく!洋菓子界に、大旋風を巻き起こしますわ。わたくし、心より感動いたしました……!アデル様とは、是非とも今後も懇意にさせていただきたいわ!」


 ――やった!!


 アデルは確かな手応えを感じながら、こちらこそ是非宜しくお願いします、と笑顔で返した。

 自分の作ったケーキで人との縁が結ばれると言うなら、それほど素敵なことはない。


 結局ご婦人方は色々な種類のケーキを試し、多めに用意しておいたケーキはほとんどが片付いてしまった。こうして、初めての茶会はつつがなく終わりを迎えたのである。

 

 アデルはケーキ店の地図とメニューの絵が書かれたチラシを事前に用意していたので、それにマドレーヌの詰め合わせをつけて、おみやげとして渡した。チラシは是非お知り合いにも配って下さいと、一人五枚ずつ渡しておく。

 購入時、店舗にチラシを持ってきてくれたら特別に、まだ正式メニューにはないフィナンシェのオマケをつけるという仕組みだ。

 

 これ以降アデルは、年上で既婚のご婦人方を、強い味方につけることとなった。

 お姉様達のマスコット的存在として、とても可愛がられていくことを――この時のアデルは、まだ知らないのであった。

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