閑話 リナ・ロイエンタール

 私の名前はリナ・ロイエンタールです。

 敬愛するご主人のアデル様に、絶対の忠誠を誓うメイドです。

 ちなみに、できるメイドですよ。


 

 私には昔、自分の名前以外、何もありませんでした。

 家が貧しくて、口減しに山に捨てられたのです。とっても悲しかったです。


 私は何とか山を降りて、町のすみっこで乞食として暮らしていました。

 

 私には魔法がありました。見渡せる範囲の物を何でも浮かせて、操ることができる――『物質浮遊』という魔法です。アデル様は「あなたの魔法はとても強力で、貴重よ。あんまり口外しないこと」と言ってくださるけど、自分では良くわかりません。


 小さな私は、とにかくこの魔法を持て余していました。重い物の運搬とか、魔力を沢山消費する仕事をなんとか請け負って、日銭を稼いで食い繋いでいました。でも、どんなに頑張っても皆、乞食の子供にはろくな給料なんかくれません。

 

 私は毎日魔力不足で具合が悪くなり、体の倦怠感や悪寒に耐えるようになりました。それにいつも、とってもお腹が空いていました。毎日、寒くて、お腹が空いて、一人で震えて。寂しくて、悲しくて、苦しかった。


 そんな時、ある日のことです。

 目を開けると……ものすごく良い香りのする、焼き菓子が目の前に差し出されていたんです。それを差し出しているのは、ほんものの妖精さんでした。

 私の家にあった、数少ない絵本。それに出てきた妖精さん、その人が立っていたんです。


「これ、作りすぎたの。良かったら食べて?フィナンシェって言うのよ」


 妖精さんはにっこり笑って、そう言いました。

 

 なんて、優しい微笑みなんだろう……。

 

 私は気付けばぽろぽろと、涙をこぼしていました。震える手で、妖精さんの差し出したお菓子を受け取ります。

 一口食べると、それは……まるで、夢のような味でした。


「美味しい…………美味しいです…………」


 私はぽろぽろと泣きながら、妖精さんが次々に差し出すお菓子をすっかり食べてしまいました。妖精さんの持っていたお菓子のカゴは、すっからかんになってしまいましたが、妖精さんは嬉しそうに笑っていました。

 

 その妖精さんこそ、アデル様だったんです。



 ♦︎♢♦︎



 アデル様は、私が強い魔法を無理に使っていること、魔力が枯渇して身体が弱っていることなんかを、小さな私に丁寧に説明しました。

 そして、「あなたの能力なら、うちで雇ってあげられると思う。うちに来る?」と聞いてくれました。私は、一も二もなく頷きました。この優しい人の側にいたいと思ったからです。そのためなら、何でもしようと思いました。


 伯爵邸では、しばらくアデル様自らが、献身的に私の看病をしてくれました。ご令嬢なのにとっても親切で優しくて、女神様みたいな人だなあと思いました。

 アデル様はその小さな手で、熱くなった私の頭を何度も撫でてくれました。ひんやりして、とっても、気持ちが良かった。私は幸せでした。

 そして何より、アデル様の作ってくれるお菓子や料理は、優しい味がしました。それはきっと、食べる人のことを想って作ってくれているからなんだって、私にはわかりました。だってそれは……私がずっと、憧れてきた味だったから。私にはわかったんですよ。


 そうしてすっかり元気になった私は、アデル様を守りたいと思いました。私の師匠になってくれたゲオルク爺は、「お前なら最強の護衛になれる」と太鼓判を押してくれました。

 

 とにかく最小限の魔力で、最小限のものを操り、的確に操縦すること。そうすれば少ない魔力で迎撃も攻撃も、追跡も。何だって可能だと、爺に教わりました。私はアデル様の力になりたくて、毎日死ぬ気で特訓しました。私はみるみるうちに強くなって、別人みたいに力を使えるようになりました。

 


 そしてある日――大雨が降って、雷が轟いていた日のことです。

 

 私は人攫い十数人を相手に戦って、かなり苦戦してしまいました。そうして、アデル様の足に大怪我を負わせてしまったんです。あの時のことは、悔やんでも悔やみきれません。

 アデル様を洞穴に置いて行った時、心細そうに泣くアデル様を思いながら、大雨の中を必死に走りました。

 

 ――どうして、どうして、どうして?


 どうして、あの優しい人が、こんな目に遭わなきゃいけないの?おかしいよ。

 

 誰か、あの人を、私と一緒に守ってよ。私だけじゃ、足りないの。あの人を大切にして、孤独にしないで。

 

 誰か、誰か……。

 お願い……。


 私は大声をあげて泣きながら、アデル様のために祈りました。



 ♦︎♢♦︎



 いま、公爵夫人になったアデル様は生き生きとしてます。

 皆にアデル様の魅力が伝わって、私はとっても嬉しいのです。

  

 公爵様のおうちに行ったその日に、アデル様は使用人全員の名前を聞いてまわり、いっぺんで覚えてしまいました。それぞれの出身地や、好きなものまで。これには皆びっくりしていて、私は鼻高々でした。

 

 ケーキ屋さんの準備をしながらも、アデル様は公爵邸の皆を大事にしました。手が足りないところを自ら手伝ったり、部屋を明るくするための模様替えをしたり。それぞれの好きなものを細やかに贈ったり、困っていることがないか実際に見て回ったり。

 これは、とってもすごいことなのに、アデル様は「当たり前のこと」と言います。そういうことが、自然にできる人なのです。


 それに、何より!

 アデル様の作るお菓子に、公爵邸の使用人達もとりこになりました。

 ふふん。私と同じです。


 アデル様はそんな風にして、ものすごいスピードで、立派な公爵夫人になりました。しかも、どうやら本人はそのことに、気が付いていないみたいでした。アデル様は、すごいけど、ちょっと抜けているところもあるんですよ。

 


 それに……ユリウス様。

 私の見立てでは、ユリウス様は、アデル様のことをすごく、ものすごーく、大切に想っています。

 契約結婚なんて、始めに聞いた時は心配したけれど、今は安心して見守っているんですよ。


 アデル様を、守ってくれる人。

 大切にして、孤独にしないでいてくれる人。


 そんな人が本当に現れて、私はとっても嬉しいです!


 あとは、二人がお互い素直になって、ほんものの夫婦になってくれれば文句なしなのですが。

 これはまあ、時間の問題でしょう。


 私は見守っています。

 何せ、できるメイドですので。

 


 頑張ってくださいね、ユリウス様!

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