第8話 近づく文化祭

 近づいてきた文化祭のため、アーシャたちは裏で色々と動いている。ただし、表での準備も段々と大変になってきた。文化祭ではクラスごとに出し物をするのだ。

 

 アーシャたちのクラスは、女性陣がウェイトレスの格好をして喫茶店を開くことになっている。今日は出来上がった衣装の試着をして、サイズ直しをするところだ。衣装は、シャロンを中心とした裁縫の得意な女性陣が自前で作ってくれた。


「可愛い……!すごく似合ってるよ、アーシャ!」


 ウェイトレス姿になったアーシャを見て、ウィルバートは感動した声を出した。ウェイトレスの衣装は、ローズピンクのひざ丈ワンピースに厚手のタイツを合わせ、上に大きなフリフリのついた白いエプロンを付けるものだ。あまりにも可愛らしすぎて、アーシャは赤くなった。


「は、恥ずかしいわ、こんな格好……!!」

「全然、恥ずかしくないよ。君はもともと愛らしいから、こういう衣装も着こなせるんだね」

「…………っ!!」

「いつもと違うから……ドキドキするよ?」


 ウィルバートは目元を赤らめ、首を傾げて言った。直接的な告白をしてきてからと言うもの、彼は一切遠慮をしなくなり、次々と甘い言葉をアーシャに向けてくるのである。


「せっかくだから、今渡そうかな。今日の花を、君に」


 そう言ってウィルバートが差し出したのは、大輪のブーゲンビリアの花束だった。


「花言葉は『情熱』、そして『貴女しか見えない』だ」


 花束を渡しながら、ウィルバートはずいっとアーシャに近づき、もうくっつきそうなくらい耳に唇を寄せて、甘く耳打ちをした。


「僕には、君しか見えないから……。僕の情熱を、受け取って欲しい」


 アーシャはずざざっと勢いよく距離を取る。もう首まで真っ赤になって、大声で文句を言った。

 

「ウィル!!……へ、返事は焦らなくていいって、言ったじゃない……!!」

「うん。でも、攻めないとは言ってない。僕には、本当に君しか見えてないから、自由にさせてもらう。世界一可愛いよ、アーシャ」

「ううう……っ!も、もうこの衣装やだ!!私もシャロンみたいに、男装する!!」


 アーシャは勢いよく叫んだ。

 そう、この喫茶店の催し……シャロンだけは特別に、執事服を着ているのだ。きりりとした彼女は、完璧に耽美な執事の青年と化している。目をハートマークにした女性陣に囲まれてキャーキャー言われているシャロンは、とても困った顔で言った。


「ええ、そんな!せっかく作ったアーシャの衣装、無駄になっちゃうよ?」

「うう!!そんなこと言われたら……!!手をかけて作ってくれた物を無駄には、できないし……。諦める……」

「アーシャのそういうところも、僕は好きだよ」

「うううー!!!」


 アーシャは真っ赤になったまま唸った。

 と、そこへ、近づいてきて声を掛けるものがいた。


「皆、仲が良さそうで羨ましいな……」


 とても寂しそうな声の主は、カイルだった。その様子を見て、リオンが心配そうに尋ねる。


「ライザと、上手くいっていないのか?最近も頻繁に会っているようじゃないか」

「うん……。でも、心を開いてもらっている感じが、全くしないんだよね……。表面的には、優しいんだけどね」


 カイルは切なそうだ。ライザはほぼ確実に間諜なので、心を開いてもらえなくて当たり前である。とても可哀想だった。


「……いつでも、相談に乗る」

「うん…………あのさ」


 カイルは意を決した様子で、ウィルバート、アーシャとシャロンのことも見渡してから言った。


「今日、少しまとまった時間を取ってくれないか。……この、五人で」


 これには全員顔を見合わせて、頷いた。ライザに関する話であることは、ほぼ確実だったからである。



 ♦︎♢♦︎



「彼女は……ライザは、何らかの目的があって、敢えて僕に近づいてきた。君たちが、僕に隠れてこそこそ動いているのは……それを調べるため。……違うかい?」


 王宮の執務室に集まると、カイルは開口一番にこう言った。一同は全員、息を呑んだ。


「……カイル」

「僕だって、まがりなりにも王太子補佐をしてるんだ。そこまで無能じゃない。君の予定がブラフだってことにも、とっくに気付いてるよ、リオン」

「……っ」

「いいんだ。それだけ、深刻な事態だってことなんだろう。つまり……狙われているのは、リオン、君の命だ。僕の推測は、合ってるだろ?」

「…………合ってる」


 リオンは力なく、項垂れて言った。カイルはそれに怒るでもなく、優しく微笑んだ。


「僕が、あんまり浮かれてたからだよな。一番に君の力にならなきゃいけない立場なのに、今まですまなかった」

「そんなの、俺の方が…………。一番に信用すべきお前を、すぐに信用せず…………すまなかった」

「待ってください。カイル、君に話さないでおこうと提案をしたのは僕です。責めるなら、僕を」

「ウィル、君はリオンを守ろうとしただけだろう。だから、自分を責めなくていい。何もかも、僕が腑抜けてたせいだ。悪かったよ」


 リオンとウィルバートは気まずそうだ。カイルは眼鏡の角度を少し直してから、その場にいる全員を見渡して言った。


「ライザについて、怪しいと感じる点が……僕にも幾つかあった。彼女を、信じたかったけど……ウィルたちが尾行していた、デートがあっただろう?あれで彼女が見せた動きが、素人のそれじゃなかったから。疑いは確信に変わった」

「えっ……!?あの時、尾行に気付いていたんですか?」

「気付いてたよ。一体何年、一緒に居たと思ってるの?髪と目の色を変えたくらいじゃ、僕は騙せないよ」


 カイルは、穏やかにふふっと笑った。アーシャも驚いてしまう。デートの時、カイルにそんな素振りは一切なかったというのに。多少浮かれていたとはいえ、さすが王太子補佐。そして次期宰相候補とまで謳われるだけはある。


「どうか、お願いだ。ここからは、僕も協力させてくれ。ライザの婚約者という立場を使えば、できることは格段に増えるだろう」

「……本当に、良いのか」

「良い。もう、目が覚めた。僕だって、リオンのことを守りたい。……そして、君を危機に晒すライザのことを、許せない。僕は真実を、自分の目で確かめたいんだ」


 カイルの目は真剣で、澄み渡っていた。もう彼が、ライザに惑わされるということはないだろう――――そう、はっきりと確信できるほど。

 リオンが皆を代表して言った。


「そういうことなら、歓迎する。情報を共有しよう」


 こうして、カイルが頼もしい仲間として加わった。その日はリオンの時間が許す限り、今判明している情報を共有した。そして、来たる文化祭に向け、全員が協働していくことになったのである。

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