第9話 罠と毒
敵を罠に嵌めるための工作は、文化祭の準備期間で色々と行った。
アーシャはフランツ王国の魔術陣研究者、リリーアンと相談して、幾つかの新しい魔術を習得した。フランツ王国との通話は、いつも特別な水晶玉を介して行っている。国に一つしかないという、希少な魔道具だ。
『アーシャ、新しい陣の習得、頑張ったわね。それを訓練しながら、念のためもう一つ……。閃光も放てるようにしておきましょうか』
「分かりました。閃光は、光魔術の直接効果ですか?」
『そうよ。魔術陣は単純だから、伝書で送るわね』
「ありがとうございます!」
白銀髪に金の目を持つリリーアンは、言うなればアーシャの師匠のような感じだ。年齢はアーシャと同い年だが、とてもしっかりしている。彼女は創意工夫して斬新な魔術陣を作成し、こちらに送ってくれた。魔術オタクのアーシャにとっては、どれも垂涎ものである。
一方でリオンも、フランツの王太子エインスに習って、闇魔術を短期間で極めた。なんと、瞬時に複数人での転移ができるまでに上達したのである。魔術の天才と呼ばれる才能は伊達じゃないと、アーシャは舌を巻いた。
そうしてとうとう、文化祭がやってきた。
今回は裏でカイルが手を回して、シャロンの休憩時間とライザの休憩時間をわざと合わせた。そしてカイルから、「シャロンがこの時間一人になるから、一緒に文化祭を回って親交を深めたらどうか?」という提案を行ったのだ。ライザはこれに、すぐ乗ってきた。向こうはカイルについて、完全に籠絡済みと考えているようだ。
普段のシャロンの警護レベルはぐっと引き上げて、他の時間は一切隙がないようにしている。アーシャたちが警戒されているとはいえ、敵がこのチャンスを見逃すことはないだろう。
アーシャとウィルバートは密かにクラスの当番を抜けて、シャロンとライザの尾行をしていた。リオンとカイルも別の場所で、騎士と共に待機している。
シャロンには魔道具のピアスを渡してあり、それでライザの肉声を常に録音できるようになっている。証拠を残すのだ。
録られた音声はアーシャたち全員がつけているピアスにリアルタイムで流れてくるようになっていて、異常があればすぐに共有できる。このピアスは、騎士団が開発した品らしい。
「シャロン様。ここの裏手の庭で、弦楽器の演奏の催しがあるそうです。一緒に行きませんか?」
「良いわね、行きましょう」
――――かかった。
アーシャとウィルバートは、顔を見合わせた。文化祭の演目に、庭での弦楽器の演奏など存在しない。罠だ。
ウィルバートは記録のための小型カメラを取り出した。アーシャを誘導しながら、一緒に後を尾けていく。念のため、こちらの隠蔽魔術は最大限に出力を高めている。ほぼ間違いなく気づかれないだろう。魔力消費がとても激しいため、長くは使えない手段だが、今こそ必要な時だ。
「つきました」
「ライザ?この庭には、まだ誰もいないようだけれど――――――………………!!」
ライザはシャロンの後ろに素早く回り込み、ハンカチを口元に当てた。シャロンからガクリと力が抜け、あっという間に意識を失ったのが分かる。それを目撃したアーシャは、心配で一気に胸が痛くなった。
そして、シャロンが意識を失って間も無く、変化は訪れた。誰も居なかったはずの空間に、ザッと二人分の影が現れたのだ。例のローブの男と鎧の男である。
昏倒したシャロンの身柄を抱きながら、ライザは二人に言った。
「やっと人質を捕まえたわ」
「これは、良いものを頂いた。上手く使えば、王子を生捕りにすることもできるだろう」
「第一目的は、王太子を殺すことよ。それを間違えないで」
「わかってますよ」
ここまで、隣にいるウィルバートは黙って動画を記録していた。証拠はもう十分揃った。彼の目が怒りで燃えているのが、アーシャには分かった。
ウィルバートは大声で合図をした。
「かかれ!!」
ザンッ!!
潜んでいた騎士達が一斉に姿を現す。ウィルバートも瞬く間に躍り出て、ローブの男に襲い掛かった。男は素早く剣を抜いて防いだので、刃と刃が激突する。
鎧の男とライザには、他の騎士が向かっていった。ライザは咄嗟にシャロンを盾にしようと動いたが、シャロンを中心に闇魔術の小さな結界が広がって、バチンとライザを弾いた。攻撃主はリオンだ。転移で現れた彼はその隙をつき、ライザからシャロンを奪い取った。
「王太子!!」
「シャロンはもらう」
リオンはあっという間に、シャロンごと転移で避難した。これで彼の一番重要な役目は果たされた。
「撤退するぞ」
形勢不利と見たローブの男は魔術陣をパッと描き、いつものように転移で逃亡しようとした。
「そうはさせない……!」
隠れているアーシャはリオンが離脱したタイミングを見計らい、とある大きな魔術陣を起動していた。決められた範囲内の転移を、全て阻害するものだ。新しく習得した必殺技である。
「転移ができない……!?」
「観念しろ!」
ウィルバートはローブの男に激しい剣戟を仕掛け、その腹を大きく斬りつけた。
「があ!!」
倒れた男の首元に、鋭い剣先を突き立てる。男はそこで諦めずに、一気に複雑で大規模な魔術陣を描いて起動した。時止めの魔術だ。アーシャは事前に描いていた魔術陣で、これをすぐに打ち消した。
「チッ……またあの女か!」
ローブの男が憎々しげに叫んだ、その瞬間である。
突然速度を上げたライザが、騎士の拘束をすり抜けた。彼女は隠し持っていたらしい短剣で、素早くウィルバートを斬りつけた。彼は何とか剣で防いだが、攻撃がかすったらしい。腕からピッと赤い血が飛び出た。
「ぐ…………っ!?」
その、次の瞬間――――ウィルバートは口からどっと大量の血を吐き、崩れ落ちるように膝をついた。
騎士達は慌てて彼を庇いながら、一旦距離を取った。これを見たライザは、とち狂ったように笑った。
「あっはははは!びっくりした?私が使ったのは、闇属性の特殊な毒よ!!解毒は、私にしかできない!ふふふ!!さあ、可哀想な騎士様を助けたければ……王太子殿下は、素直に出てきてくださいな?」
アーシャは叫んだ。
「そんなのに応じない!いくわよ!!」
アーシャは光魔術で眩い閃光を放った。敵集団に大きな隙ができる。騎士達は再び一斉に襲いかかり、敵を斬り伏せて拘束していった。味方の目は眩まないよう、あらかじめ魔術で細工がしてあるのだ。相手三人には次々と魔術封じの枷が嵌められていく。間も無く制圧が完了した。
「ウィル!!」
アーシャが叫びながら駆け寄ると、ウィルバートはどさりとその場に倒れ込んだところだった。彼は血を吐きながら、まるで眠るように気を失っていた。
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