第7話 ゲームの情報

 その晩、アーシャはベッドの中に一人うずくまり、枕に顔を押し付け、時々足をバタバタさせて、壁を殴ったりしながら、大層暴れた。

「お嬢様が、また奇行に走ってる」「せっかく、イケメン連れてきたと思ったのに……」などと、メイドたちにはすっかり呆れられた。とても失礼である。


 ――――僕は、君自身が好きなんだ。前世の記憶に惑わされたんじゃない。だから、君が『転生者』でも、変わらず君のことが大好きだよ……。


 ウィルバートの言葉が、何度も何度も思い出される。今日敵に攻撃されたときの、彼の動揺した顔も、何度も蘇った。アーシャに情熱的な告白をする、彼の真っ直ぐな眼差しも。


「ウィルは、本当に、ただの私が好きなんだ……。こんな、私が…………好き、なんだ」


 自分で呟いておいて照れてしまい、真っ赤になって足をバタバタさせる。その拍子に、数回壁を蹴ってしまった。


「わ、私は……?ウィルのこと、本当は、どう思ってるんだろう……?」


 間違いなく、好ましいとは思っている。彼に優しくされると、実際に心が躍る。彼に頭を撫でられると、何だか安心する。

 これが、恋なのだろうか……?ウィルバートが自分に向けてくれる大きな想いに、答えるに値するような情熱が、自分の中にあるのがろうか……?

 悩んでもすぐに答えは出なくて、アーシャは一晩中バタバタとし続けた。翌日呆れた父と母から、「青春するのも、ほどほどにしなさい」とお小言をくらったのだった。



 ♦︎♢♦︎



 二日後、リオンがまとまった時間を捻出してくれた。アーシャ、ウィルバート、リオン、シャロンの四人は、王宮の執務室に集まった。リオンが防音と、侵入防止の結界も貼ってくれている。

 

 ライザとローニュ帝国の繋がりが完全に明らかとなったこと、彼女は完全にクロだが証拠が取れていないことなどは、ウィルバートから既に伝えられていた。今回アーシャが開示したのは、『ゲーム』の情報についてである。事前に用意した紙を見せながら、順を追って説明した。

 

 情報の共有が終わると、アーシャがまとめた『ゲーム』の情報の紙を見ながら、リオンが言った。


「これは、とても重要な情報だな。アーシャ、君の秘密を明らかにしてまで伝えてくれて、ありがとう」

「いいの。リオン殿下だって、もう私の大切な友人だと……そう、思っているから」

「ありがとう。俺も君のことを、大切な友人だと思ってるよ」


 リオンは優しげにニッと笑った。その後、頬をかきながら、少し困った顔で言った。


「しかし……俺の死亡ルート。何だか、誰かを庇ってばかりじゃないか?」

「そうね。リオン殿下が死亡するのには、三つのパターンがあった。一つ目は、第二王子マックスのルート。不仲であるはずのマックスを、国内の暗殺者から庇って死亡する。二つ目と三つ目は、騎士ウィルバートのルート。どちらも『他国の暗殺者』に殺される。一つは、リオン殿下を守ろうとしたウィルバートを、逆に庇って死亡するパターン。そして最後の一つが、文化祭で自らの婚約者候補が拉致され、救出しに行って死亡するパターン……」

「『他国の暗殺者』が登場するのは、どちらも僕のルートですね。僕はこの、文化祭で婚約者候補が拉致される……というルートが気になります。文化祭は、もうすぐだ。状況的にも、現実でも十分に起こり得ると思います」

「ええ。この暗殺者が、今動いている二人組のことを指すなら……シャロンが拉致されて、似たような状況が起こる可能性が高いわよね」


 アーシャは頷いた。シャロンは眉を下げて言った。

  

「確かにこれは、大切な情報だわ。アーシャ、今まで『ゲーム』のことについて、あまり聞く耳を持たなくて……ごめんね」

「まあ、それは良いのよ。シャロンに悪気がないのは分かってたし。でも、貴方が拉致されるかもしれないんだから、ちゃんと危機感は持ってね?」

「……うん」


 シャロンは顎に手を当てて少し考え、それから顔を起こしてはっきりと言った。


「それなら私、敢えて、囮になるわ」

「シャロン……!!」


 リオンが慌てた様子で止めようとする。だがシャロンの意志は、固かった。


「今のままでは、ライザの実家であるノートン侯爵家と、ローニュ帝国との繋がりを立証することは難しい。それに、上にはリオンの暗殺を依頼している存在がいるはずよ。恐らく、ノートン侯爵家を介して、ローニュ帝国に依頼しているんだわ」

「それに関しては、僕も同じ推察をしています」

「うん。それなら、文化祭で……敢えて隙を作る。ライザと、二人きりになる状況を作って……彼女を、逆に罠に嵌める。あの暗殺者二人も、私を人質にするため、必ず表に出てくるでしょう。そこを一網打尽にするのよ」

「だが、シャロン!俺は、君を危険に晒すのは反対だ……!!」

「いつ襲われるか分からないでいるよりも、準備を万端にして、用意した上で襲われた方が良いわ。違う?」

「……それは、正論だな……。……分かったよ」


 リオンはとうとう折れた。すっかりシャロンに振り回されているな――――とアーシャは思ったが、余計なことは言わなかった。


「それでは、文化祭にこちらから仕掛けるという想定で動きましょう。間違いなく敵は連動して動く。シャロンのことは、必ず守りましょう」

「そうね。私も、自分にできる全力を尽くすわ」


 ウィルバートが言い、アーシャも同意した。もう一度全員で頷く。

 アーシャは補足した。


「あ、『ゲーム』の情報をまとめた紙は渡すけど、扱いには気を付けてね。敵の情報について、これ以上詳しい記載がなかったのが、手痛いところだけど……。恋愛が主軸の物語だったからね」

「いや、繰り返し言うが、重要な情報ばかりだ。ありがとう。君の秘密は、決して漏らさない」

「役に立てたなら、良かったわ」


 それから四人は今後の動きについて、かなり遅くまで話し合った。勝負の時は文化祭。イベントはもう、あと一ヶ月後に迫っている。

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