第6話 アーシャの告白

 アーシャは自分の伯爵邸にウィルバートを連れ帰った。

 ただでさえ友人の少ないアーシャが、部屋に友人を入れる――――しかも相手は男性で、侯爵嫡男な上、べらぼうに顔が良いときた。アーシャの両親と使用人たちは大層ぎょっとし、大騒ぎになりかけたが、何とか押し留めた。アーシャはとても恥ずかしかった。


 お茶とケーキを出してもらい、入念に人払いをする。様子を覗きたがる野次馬が沢山いたので、苦労した。

 アーシャはごくりと唾を飲み込み、緊張して話し出した。


「今から私が言うことは、現実味が薄くて、とても信じられないことかもしれない……でも、聞いてくれる?」

「君の言うことなら、信じる」


 ウィルバートの目は真摯で、本気だった。それを見て少し安心したアーシャは、順を追って告白を始めた。


「私は……いわゆる『転生者』なの。前世の……別の世界の、記憶がある。しかも、前世の時から、この世界を知っていた……。ウィル、貴方のことも……知っていたの」

「……!?」


 それからアーシャはなるべく詳細に、前世の記憶のことと、『ゲーム』のことを話した。この世界には魔導式の映写機もあるので、何とか伝わった。ゲームとは映写機で楽しむ、分岐する絵物語のようなものだと説明したのだ。

 大体の話が終わって、アーシャは心理的にドッと疲労感を感じながら、悲しげに目を伏せて言った。


「……わかったでしょ?私は、ズルしてたのよ。『ゲーム』で事前に知っていたから……ウィル、貴方の本質に、最初から気づいていただけ…………。それで貴方の興味を引いて、好きになってもらっただけなのよ。……がっかり、した?」


 ウィルバートは黙って、膨大な情報を頭の中で整理しているようだった。彼に嫌われるかもしれない――――そう思って、アーシャの心はズキズキと痛みを訴えた。


「私には、貴方に想ってもらう資格、ないのよ……」


 だがウィルバートは、その金色の目で真っ直ぐにアーシャを見返した。そしてはっきりと言った。


「僕は、そうは思わない。僕が君を好きな気持ちと、君が『ゲーム』の知識を持っていたことは、関係ないと思う」

「……!?」


 ウィルバートは、いつものように、さらりとアーシャの頭を撫でた。まるで、安心させるかのように。


「君が僕にくれた言葉たちは、どれも君自身の真心から出たもので……本物だったと思う」

「そう、かな……」

「うん。例えば、最初の時……君は僕の心無い言葉から、大切な親友のシャロンを守ろうとした。大切な者を懸命に守ろうとする君の姿に、僕は興味を持ったんだよ。それに……リオンたちが暗殺者に襲われた時。絶望する僕の心に、君はそっと寄り添ってくれた。君の根っこの部分にある優しさに、僕は本当に救われたんだ。例えあの時、リオンが無事だったとしても、もしも君が居なかったら……僕の心はぽっきり折れてしまって、今こうして平気で居られなかったと思うよ」


 ウィルバートはアーシャの手を取り、両手で包み込んだ。目を瞑り、静かに祈るように言う。


「僕は、君自身が好きなんだ。前世の記憶に惑わされたんじゃない。だから、君が『転生者』でも、変わらず君のことが大好きだよ……」

「…………そっか」

「うん。どうか、そのことはきちんと分かって欲しい……」

「…………わ、分かったわ」


 アーシャはもう、林檎より真っ赤になっていた。ウィルバートの深い想いを、思い知らされた気がして……自分がどれだけ大切に想われているのか、ようやく実感して……心が大きく、震えている。


「あ、あのね……少しだけ、時間をくれる?じ、自分の気持ちを、見つめ直したいの。待たせてばかりで、悪いんだけど……」


 アーシャがおずおずと申し出ると、ウィルバートは優しい微笑みを浮かべた。


「うん。待つよ。僕は君のためなら、いくらでも待てる」

「あ、ありがとう…………」


 真っ赤になったアーシャは、ウィルバートの手を包み返し、お礼を言った。甘酸っぱい空気が、二人の間に流れる。強烈に照れ臭い。

 ウィルバートはそんな空気を切り替えるように、話題を変えた。


「……それとは別に、なんだけど。その『ゲーム』の情報は、リオンの暗殺を防ぐ上でとても重要だと思う。一度僕たち全員で、情報を共有できないかな?」

「私もそれには、賛成よ。ゲームでも、リオン殿下を狙っているのは『他国の暗殺者』だという記述もあったの」

「……それは、見過ごせないな。このことを、他に知っている者は?」

「シャロンだけ。…………実は、彼女も『転生者』なの。『ゲーム』のことは、もともと知らなかったみたいなんだけど…………」

「そうか……。それじゃあ、一度リオンを含めた四人で、情報を共有しよう」

「うん。私も話す内容を、紙にまとめておくわ」


 二人は頷き合った。アーシャは強力な味方を得たような気持ちになり、肩の力が抜けた。それからは出されたケーキを一緒に食べながら、ウィルバートの怪我の状態を聞いたり、ライザのことについて話し合ったりして過ごした。


 別れ際、ウィルバートはもう一度アーシャの頭をさらりと撫でて、言った。


「僕への返事は、焦らなくて良いよ。ゆっくり考えて」

「……うん」


 ああ、また甘やかされているな――――と思い、アーシャは頬を赤くしたのだった。

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