第5話 戦いと告白
ことは三日後に起こった。学校を終えたライザが、いつも通りの馬車に乗らず、外に向かって歩き出したのだ。
「尾行に気付いてる。確実に罠だ」
「でも、付いていかないわけにはいかないわよね……」
「ああ。騎士に応援を要請しておく」
ウィルバートは風魔術の伝書で、騎士団へ手紙を飛ばした。二人で速度を上げて走る。ライザの速度が、異様なほどどんどん上がっているのだ。しかも行き先は――――学園の裏手にある、山の中だった。そしてライザの姿は、急に忽然と消えた。
「!?消えた……!」
「見失ったの……?いや、違う。彼女は闇魔術の、『転移』が使えるんだわ!」
アーシャが言った途端、見覚えのある真っ黒な結界に包まれた。結界は円形に広がり、中に閉じ込められる。そして中央に、例の二人組がぬっと現れた。ローブの男と鎧の男だ。
「貴様ら……!!」
「男の方はかなりの手練れだ。気をつけろ」
ローブの男がもう一人に警告する。しかしウィルバートの隣で、打ち合わせ通り光の魔術陣を描き終わったアーシャがそれを発動させた。一気に黒い結界がかき消されていく。
「!?」
相手の男たちは、想定外のことに驚愕している。その隙を逃すウィルバートではない。
「はあっ!!」
瞬間移動で鎧の男に接敵し、上段からの激しい振り下ろしを行った。鎧の男は強かに利き手の肩を鎧ごと打ち砕かれ、倒れ込む。ウィルバートはそれを待たずに、今度はローブの男に接敵し、風を纏わせた剣を横に薙ぎ払った。
「ぐあああっ!!」
ローブの男から大きく血が噴き出して、倒れ込む。しかし男は瞬時に描いた魔術陣を発動し――――鋭い無数の氷柱を、なんとアーシャに向けて放ってきた。
「アーシャ!!」
ウィルバートはすかさず、アーシャの前に分厚い防御壁を展開した。しかし無数の氷柱がどんどん、どんどん追加されていき、それをひび割れさせていく。もう破られる――――と、すんでのところで、アーシャは自分で大きな炎をぶわりと出し、氷柱を溶かした。だがそれすらもくぐり抜けたものが、襲いかかってくる。
「!!」
ぎりぎりで戻ってきたウィルバートは、アーシャを庇うように抱き、再度の防御壁を展開した。
「ぐっ!!」
防ぎきれなかった氷柱の刃が、タタタタンと音を立て、ウィルバートの背中に刺さった。
「ウィル!!大丈夫!?」
「ああ、大した数じゃない。それより、君を危険に晒してすまない……!!」
「そんなこと。ちゃんと守ってくれたわ。それより敵は!?」
アーシャが慌てて見ると、もうそこには誰もいなかった。
「僕たちが氷柱の攻撃に手間取っている間に、消えた。恐らく、闇魔術の転移だ……だが、敵には今、かなりのダメージを与えたはずだ。しばらくは思うように動けないだろう」
「ごめんね、私が狙われたから……足を引っ張った」
「いや、それだけ君の光魔術が、相手側にとって脅威だったということだ。……はあ。君を、失うかと思った……怖かった……!!」
ウィルバートは震える手でアーシャの手を持ち、祈るように額をつけた。
「君に何かあったら、僕は……!!僕はもう、君なしじゃ、居られないんだ……!!」
それから、ウィルバートは顔を上げた。眉根がギュッと寄せられ、その金色の目は、もうすっかり涙に濡れていた。
「僕は、こんなに……。こんなに、好きなんだ…………!好きなんだ。アーシャ、君のことが!!」
ウィルバートからの、初めてのはっきりとした告白。そのあまりの情熱に、アーシャは一気に体じゅうがわっと熱くなるのを感じた。彼女はどぎまぎし、懸命に考えてから、勇気を出して言った。
「…………それなら。ウィル。私、貴方に告白しなきゃいけないことがあるの」
「……告白?」
「ええ。それを聞いたら、私を見る貴方の目が、変わるかもしれない……。でも、きちんと言うわ。まず怪我の治療をして、それから……私の家に、来てくれる?」
「勿論、良いよ」
ウィルバートは首を傾げながらも、頷いた。するとそこへ、応援の騎士たちがやっと到着した。
「遅くなってすみません!応援に来ました!!」
「すまない。敵にはもう、転移で逃げられてしまったんだ」
「ウィルが怪我をしています。治療できる人はいますか?私は魔力が、もうほとんど残っていなくて……」
「僕が治療します」
白い衣装を着た治癒騎士の男性が前に出てきて言った。ウィルバートを引き渡し、怪我を見てもらう。大した数じゃないとか言っていたが、ウィルバートの背には大きな氷柱の刃が五、六本は刺さっていた。とても痛々しくて、アーシャは思わず目を瞑ってしまったほどだ。しっかりと治療して、包帯を巻いてもらう。
「休んでいなくて、大丈夫?」
「鍛えているから、このくらい平気だよ。それよりアーシャの方が、僕は大事だから」
「……分かったわ」
そうして二人はアーシャの実家である伯爵邸へと、一緒に向かったのだった。
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