第7話 魔術の訓練
今日はリオンに魔術の訓練をしてもらう日だ。リオンとの約束があると何だか待ち遠しくて、早く来ないかなと指折り数えてしまう。毎日花は持ってきてもらっているし求婚されているのだが、不思議だ。
この国の魔術は火、風、水、土の四属性に分かれている。例えば火属性なら炎を出す直接効果と、攻撃力上昇などの付与効果がある。風属性なら風を出す直接効果と、浮遊や速度上昇などの付与効果がある。このように、それぞれの属性でできることが違うのだ。
適応属性は生まれつき決まっていて、人によって異なる。
シャロンは風と土だ。風魔術の付与効果、浮遊を使って針を浮かせ、速度を増幅し、ミシンのようなスピードで縫製するのに使っている。今までは専らその使い方だけだった。
今日魔術を教えてくれるリオンは、火・風・水の三属性に適応がある。三属性は、貴族でも大変珍しい。しかも彼は稀代の天才と言われていて、魔術を自分の手足のように扱えるらしいのだ。
「シャロン様、今日はリオン殿下と約束が?」
「そうだよ、ケイトリン嬢。よく分かったね」
「うふふ。それくらい分かりますわ」
シャロンを囲む女の子たちは顔を見合わせ、きゃあきゃあ言っている。女の勘というやつで分かるのだろうか。良く分からない。
「最近は物憂げな顔もよくされていて、素敵ですわ!」
「え、そうかな?」
「ええ!うふふ」
「どんなシャロン様も素敵ですわ。私、一生付いていきます!」
「私もですわ!」
令嬢たちはそんなことを言ってくれた。ここまで慕ってもらえると、嬉しいものだ。
「あっリオン殿下がいらしたわ!」
「では、私たちはこれで!」
「お二人でごゆっくりしてくださいまし!」
最近はリオンが近づいていくと、女の子たちはあっという間に解散していくのだ。何か気を遣われているのだろうか?
「シャロン!やろうか」
「うん!よろしくね」
朗らかに声をかけられて、元気に返事をしてしまう。最近リオンの顔を見ると、力が湧く気がするのだ。敬語を外して話すのにも、随分と慣れてきた。
二人は魔術の演練場の区画の一つにやってきた。予約はリオンがしておいてくれたらしい。魔術対抗戦を控えたこの時期、演練場は混み合っているのだ。
「シャロンは、どんな攻撃手段を想定しているんだ?」
「ええと、これなの」
シャロンは武器屋で見つけたクナイのような武器を差し出した。二つあり、長めのテグスで繋いでいる。
「クナイか。テグスも付いているし、使いこなせれば凶悪な武器になりそうだな」
「アーシャが考えてくれて……針を動かすようにこのクナイを操れば、自在に攻撃できるんじゃないかって」
「良い案だと思う。このくらいの大きさなら、ドレスの中にも仕込めるだろうし。いざという時も安心だ」
リオンがクナイを手に取って検分している。大きな手の彼が持つと随分小型に見えた。
「ただ、このクナイを全然浮かせられないの……」
「針をいつもどんな風に動かしているのか、見せてもらっても?」
「うん。持ってきてるわ」
シャロンは針と糸を出し、風魔術の魔術陣を描いて浮遊させた。針にするりと糸を通し、出した布をあっという間に塗っていく。リオンは口を開けてその様子を見ていた。
「すごい…………!!すごい精密さだ、シャロン!!」
「そ、そうかな?小さい頃からやってるから……」
「出力さえ上げられれば、君はすぐに強くなるよ」
リオンは笑顔で頷いた。励まされたシャロンも一緒に笑顔になる。
まずクナイを地面に置いて、リオンはシャロンに構えを取らせた。手を持たれて動かされる。触れた場所が何だか熱かった。
「自分が集中できるのが一番だけど、君の場合はクナイを片手ずつで操るイメージが良いだろう。こう構えて」
「うん……」
「今から俺が、最適な経路で魔力を流すから、そこに沿って自分の魔力を流してみてくれ」
「うん」
聞いたこともないやり方だ。やはり魔術の天才は発想が違うなあと呑気に考えていたら、リオンが後ろにぴったりとくっついて、両手の指を絡まされた。背中にリオンの胸板の厚さと、息遣いを感じる。背の高いシャロンだが、リオンはそれよりさらに十五センチほど大きいのだ。すっぽりと包まれてしまう。
――――な、なんかこれ、心臓に悪い…………!!
シャロンが激しくドキドキしていると、リオンが耳元に向けて、低く心地よい声を出した。
「魔力を流すぞ」
「う、うんっ」
絡められた指先が熱くなり、彼の掌から熱く、心地よい魔力が流れてきた。体のど真ん中まですっとそれが通っていく。
「ぁ…………っ」
シャロンはなんだか体じゅうがざわざわするような……妙な感覚に囚われた。いけないと思い、魔力の流れに集中する。自分の魔力を、彼の熱い魔力に沿って流していく。魔力同士が絡み合って、心地よかった。
「上手だ。そのまま、力を抜いて」
「…………っ分かった…………」
「少しずつ、もっと流していって。もっと、もっと。大きくして……」
ぶわ、ぶわ、と自分の中で魔力が広がっていくのが分かった。今までにない感覚だ。
「良い子だ」
「…………っ。もっと……?」
「いや、十分だ。それを維持したまま、片手でクナイを持ち上げるイメージをして」
言われるままに集中して見ると、クナイがふわりと持ち上がった。
「わ…………っ」
「良くできたな。もう片手で、もう一つも持ち上げられるか?」
「うん。んぅ………………っ」
少し力を入れて念じると、もう片方のクナイもふわりと持ち上がった。
「上手。じゃあ、二つとも降ろして。ゆっくりだ」
「うん……………………はぁ」
集中していたので、息がはっはっと乱れている。何とかできた喜びで、シャロンは笑顔になった。
「できたわ!」
「うん!上手だったぞ!」
「すごい!すごいわ!リオン!」
思わずリオンに抱きついてしまってから、ハッとした。リオンの目元が赤く染まっている。シャロンは大きく距離を取ってから、謝った。
「ごめんね、思わず…………!」
「いや、いい。全然いい」
「嬉しくて……!リオンって、やっぱりすごい!」
「じゃあ、イメージが定着するまで、今の訓練を繰り返そうか」
「…………っ。うん」
シャロンは今の訓練の密着具合を思い出して赤くなったが、何とか返事をした。
それから訓練を繰り返して、シャロンはリオンの補助なしでもクナイを持ち上げられるようになった。
「すごいな!シャロン!」
「ううん、リオンの教え方が上手いから」
「ふ。あんな教え方ができるのは君だけだから、特別だぞ?」
リオンに悪戯っぽく微笑まれ、赤面してしまう。やはり特別仕様だったらしい。
こうして二人は、時々魔術の訓練も一緒にするようになった。その度に身体的な距離が近づくので、シャロンはなんだか嬉しいような落ち着かないような、妙な気持ちに包まれるのだった。
♦︎♢♦︎
数日後、シャロンが親友のアーシャといるときに、その人は現れた。
ウィルバート・クライトン。リオンの護衛騎士である彼は、白銀髪を顎のところで切り揃え、金の目をしている中性的な男性だ。原作ゲームの攻略キャラで、腹黒なので注意しろとアーシャに警告されていた人物である。
「シャロン嬢、少しお話しても良いですか?」
「アーシャも一緒で、ここで良いなら」
アーシャに事前に警告されていたので、シャロンも警戒することができた。それまで穏やかで柔和な表情だった彼は一気に冷たい顔になって、怜悧な眼差しをシャロンに向けて言った。
「まあいいでしょう。僕の言いたいことはわかりますか?」
「…………何となく」
「それなら結構。言わせてもらいます。今までリオン殿下のことをすげなく振り続けて来たくせに……急にお茶をしたり、果ては魔術の訓練だなんて、一体どういうつもりです?」
来たか、とシャロンは思った。ウィルバートの立場なら訝しむだろうと思っていたのである。
「ただ、リオン殿下のことをもっと知りたいと思っただけです」
「そう、ですか…………。はっきり言わせて貰いますね。僕は貴女のことを、信用していません」
「…………!!」
「リオン殿下が常に暗殺の危険に晒されていることは、ご存じですか?」
「……存じています」
「そうですか。貴女も、もしリオン殿下を害するようなら、すぐに始末させて貰いますので。そのつもりでいてください」
「そんなこと、しません!」
「貴女に悪意がなかったとしても、貴女の存在自体が、殿下の隙になる可能性だってある。その自覚をお持ちですか?」
「…………っ!!」
そんなことを言われたら、言い返せない。シャロンが口籠もっていると、怒ったアーシャが前に進み出てきて叫んだ。
「そこまでにしなさいよ!腹黒の性格最悪騎士!あんたなんて、騎士の風上にもおけないわっ!!」
「なっ………………」
「力のない貴族女性に向かって、お前の存在が隙になるですって?そんなの、どうしようもないじゃない!騎士なら守りなさいよ!!」
「…………っ」
「いい?私は、私の親友を傷つける人を許さない!貴方が、リオン殿下を傷つける者を許さないようにね!!覚えておきなさい!!」
呆気に取られるウィルを置いて、アーシャはずんずんと歩き出した。シャロンは慌てて彼女についていく。
「アーシャ、良くあんなに言えたね。基本的に人見知りで、内弁慶なのに……」
「うるさいわね。貴女のことを悪く言われたら、黙ってられなかったの!」
「アーシャ………………ありがとう」
シャロンは不器用な親友に向かって、お礼を言った。アーシャはふんと鼻を鳴らしている。
ウィルバートの言い分には、正しいところもあった。今後シャロンが、リオンの弱点になる可能性は十分にある。
そういう時のためにも、戦闘魔術の訓練を頑張ろうと気合を入れ直したのだった。
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