第6話 近づいていく距離

 リオンともっと関わることを決意した翌日。彼がいつも通り花を持って求愛に来た際に、シャロンは切り出した。


「リオン殿下。まだ、お気持ちに応えることはできないですけど……その、私!もっと、リオン殿下のことを知りたいと思っています……」

「えっ…………」


 リオンは綺麗な翡翠の目を、まん丸にしている。シャロンは一気に恥ずかしくなってきて、捲し立てるように喋った。

 

「その。お茶とか。あとはその、デ、デート、とか……!!してみるのは、どうでしょうか!とてもお忙しいだろうとは思うのですが!良かったらその、何でも良いのでお願いします!!」


 返事がない。リオンならば、即答すると思っていたのに。シャロンが恐る恐る顔を上げてみると――――リオンは目元を真っ赤にして、口を大きな手で押さえ、少し俯いていた。


 ――――もしかして、照れてらっしゃる……!?


「リオン殿下……?」

「……ああ、すまない。あんまり嬉しくて……動揺した」


 リオンの声は、少し震えていた。シャロンは心臓がドクドクと高鳴るのを感じた。


 ――――リオン殿下は照れると、こんな顔をするんだ。初めて見る顔だ。…………私のこと、本当に好きなんだ……。


 顔がかぁっと熱を持つのを感じる。リオンといると、落ち着かなくて、最近心臓が煩い。この気持ちは一体、何なんだろう。


「……もちろん、大歓迎だ。だけど、そうだな……。執務もあるから、時間が取れるのは三日後くらいになる……。ごめん」

「い、いいです!お忙しいのは、良く分かってますから……!いつでも、いいです!」

「じゃあ、週末の金曜日。放課後に時間を作るから、王宮でお茶をするのはどうだ?」

「はい。私は大丈夫です」

「じゃあ、それで。…………シャロン、ありがとう。嬉しい!!」


 リオンは目元を赤くしたまま、ニッといつものように笑った。その顔が、何だかとても可愛いと感じてしまって……シャロンの心臓は、また煩い音を立てたのだった。



 ♦︎♢♦︎



 金曜日、シャロンは王宮の薔薇園に招かれてお茶をしていた。いつも通りの男装姿だ。側から見れば、麗しい男性二人が薔薇に囲まれて、優雅にお茶をしているように見えることだろう。


「俺のことが知りたいなんて、すごく嬉しい。何でも教える」

「……じゃ、じゃあ。お休みの日は、何をしていますか?」


 少し緊張したシャロンは、まるでお見合いのような質問をしてしまった。しかしリオンは、朗らかに答えた。

 

「もっぱら鍛錬だな。剣術もやるし、やっぱり俺は何より魔術が好きだ。新しい魔術を試したり、色々してるよ」

「殿下は、魔術の天才と言われてますものね。私も最近、アーシャに扱かれ……じゃない、教えられて、戦闘魔術を学んでるんです」

「君が、戦闘魔術?それはまた、どうして?」

「あ、あの。いざという時、自分の身を守れるようになりたいなって……。それに、その。学園の魔術対抗戦が近づいていますし……!」

「ああ、確かにそうだな」


 本当はリオンを守りたいから、戦闘魔術を学んでいるのだが、それは伏せてしまった。何となく、この理由はリオンが喜ばないような気がしたからだ。言い訳がましく学園のイベント名を出してしまったが、彼はそれで納得したらしい。

 

 ちなみに、学園の魔術対抗戦というイベントは、本当に一ヶ月後に迫っている。貴賓問わず見物客が大勢来る、大イベントだ。学園の裏手にある山で、魔術だけを使って戦い、その成績を競う大会である。シャロンは早々に脱落するつもりでいたのだが……せっかく戦闘魔術を学んでいるのだから、試すには絶好の機会かもしれない。

 ただし、シャロンは戦闘魔術の訓練でとても行き詰まっていた。正直に話す。


「でも、全然ダメなんです。私、魔術で服を作っているので、精密な動作は得意なんですけど……。出力が、上手く上げられなくて……」

「服を?それはすごいな!もしかして風魔術で、針を浮遊させてるのか?」

「そうです。手でやるよりも、速いので……」

「それだけ精密なコントロールができているなら、コツを掴みさえすれば、みるみるうちに上達するよ。出力は……魔力回路の、イメージの問題だな。煮詰まっているなら、俺が教えようか?」

「殿下が?それは、とてもありがたいです……!」


 リオンの魔術の才は突出している。それに、リオンに魔術を教われば、彼ともっと関わりたいという目的も達成できる。シャロンはパッと顔を輝かせた。

 

「魔術は得意だから、俺で良ければ、いくらでも!来週の木曜なら、放課後にまとまった時間を取れるよ」

「じゃあ、お願いします」

「ふふ。もう、次の約束ができた。嬉しい!」


 リオンは無邪気に笑った。確かに、あれよあれよと言う間に次の約束を取り付けてしまった。何だか照れ臭くなって、シャロンはあっという間に赤くなってしまう。


「ふは。シャロンは色が白いから、赤くなるとすぐに分かるな。可愛い……」

「可愛っ…………!?そ、そんなこと、ないと思います。リオン殿下以外に言われたことないし。そもそも、男みたいにしてるし……背も、無駄に高いし……!」

「いや、君は、すごく可愛いよ」


 リオンは目を細めて、蜂蜜を溶かしたみたいな甘さでシャロンを見つめてきた。シャロンはそれにひと時も耐えられず、思い切り話題を逸らした。


「そ、そういえば!リオン殿下はずっと留学されてましたよねっ!フランツ王国の話、聞きたいです!」

「ああ。フランツは良い国だぞ!うちの国よりずっと、魔術が発達していて。闇と光という、珍しい属性があるんだ」

「へえ……!随分違うんですね」

「うん。それぞれの属性の魔術の使い方も、全然違う。それに、魔術陣の開発の先頭に立っているのが……リーナベル様という女性なんだ」

「わ。女性が先導しているなんて、すごいですね。格好良いです」

「フランツは、女性の社会進出もかなり進んでいる印象だったな。リーナベル様は、公爵夫人と魔術研究所の職員を両立しているらしい。俺も何度か教えを受けたんだが、かなり変わった人だった!」


 それからは留学中の話などを沢山聞いて、とても興味深かった。シャロンは最初緊張していたこともすっかり忘れて、しばしの時間、リオンと楽しくお喋りをしたのだった。


 

「今日は、ありがとうございました」

「いや、礼を言うのはこっちの方だ」


 王宮からの帰り道も、リオンはわざわざ馬車で送ってくれた。馬車に並んで乗っていると、自然と距離が近づいて、腕と腕が触れてしまう。二人とも体が大きいので、馬車が手狭なのだ。シャロンは何だか妙に体が熱くなるのを感じながら、言葉を発した。


「リオン殿下のことを知れて、嬉しかったです」

「そうか。そうか……。俺も、嬉しい」


 リオンは噛み締めるように言った後、少し緊張した声を出した。


「……あのさ。それ、止めないか?」

「え?それって?」

「『リオン殿下』って言うの。リオンで良い」

「えっと…………リオン様?」

「もう一声。呼び捨てにして欲しい」

「えっ!それはさすがに、不敬なのでは……!」

「俺が許しているんだから、問題ない。敬語も止めて欲しい。距離を感じるから」

「ええー…………」

「ウィルとカイルも、内輪では俺を呼び捨てにしているし、敬語も外してるんだ。シャロンも、二人でいる時だけで良いから……頼むよ」


 子犬のような目でじっと見つめられて、うっと言葉に詰まる。シャロンは居住まいを正し、震える声で言葉を発した。


「………………リオン?」

「…………!!」


 リオンの体がびくりと震える。すぐ隣を見ると、彼はぎゅっと胸を押さえて目元を赤くしていた。また照れているらしい。


「リオン?…………照れてるの?」

「……そうだよ!嬉しくて……!!ありがとう……」


 リオンがこちらを見た。すぐ間近の距離で、潤んだ翡翠の目がシャロンを見たので、心臓がドッと跳ねる。シャロンは思わず、大げさに顔を背けながら言った。


「ふ、不敬罪に、問わないでね?私、失礼なこと言っちゃうかも……っ」

「はは!そんなことするわけないだろ。シャロンに何を言われたって、俺は怒らないよ」

「……ふふ。確かにそんなリオン、想像できない」

「だろ?」


 リオンがからりと笑ったので、シャロンも思わず笑う。二人は馬車の中、小さくクスクスと笑い合った。なんだかくすぐったい時間だ。

 こうして二人の距離は、確実に近づき始めたのだった。

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