第5話 婚約破棄と決意
デートが終わってから、約束を果たすまでのリオンの動きは素早かった。
シャロンとその父母の向かいには、顔を真っ青にした婚約者ライナス、そしてその父母が座っている。仲裁するように間に座っているのは、王太子リオン本人だ。
両者合意のもと、お互いの父母が書類にサインしていく。
間に立つリオンは書類を確認してから、朗々と言った。
「では、俺の名の下に宣言する。シャロン・クリストルとライナス・ハーヴィーの婚約は、円満に解消された!」
リオンがどんな風に両家を説得したのか、シャロンは詳細を知らない。しかしこれで、あまりにも呆気なく――――シャロンの婚約は、破棄されたのだ。
一応、表向きは円満な婚約解消ということになっている。しかし、ライナスが男爵令嬢クララと激しい恋愛をしていたことは、有名な話だ。それに、リオンがシャロンに熱烈な求婚をしていることも、貴族の間では既に広まりつつある。しばらくの間、この婚約破棄は様々な憶測を呼ぶだろう。
リオンはいつもと随分違う、冷たい印象のする笑顔を浮かべて、柔らかくライナスに声を掛けた。
「ライナス」
「は、はいっ」
「今後一切、シャロンに付きまとわないように。これは……
「は…………はいっ…………!!」
ライナスは更に顔を白くして、壊れた首振り人形のように、激しくコクコクと頷いた。
こうしてシャロンは、クズの婚約者とお別れすることができたのである。
「リオン殿下、本当にありがとうございました」
「いや、良いんだ。約束だからな!」
全てが終わった後シャロンが声を掛けると、リオンはいつも通りの明るい笑顔を見せた。それを見て、何だかシャロンはホッとしてしまった。
「あとはシャロン、君の自由だ」
「……はい」
「できれば俺のことを好きになって欲しいが、強制はしない。そんなこと、できないからな。これからゆっくりで良いから、俺のことを知ってくれたら嬉しいと思う」
「はい」
「俺は君に、何も強制しない!でも……君のことは、諦めない!」
「ふふっ」
リオンが溌剌と宣言したので、シャロンは思わず笑ってしまった。
「あ、シャロンが笑った。可愛い!」
「そ、そんなこと…………」
「俺の言葉で、笑ってくれた。嬉しいな!」
リオンはニッと人好きのする笑顔を浮かべ、嬉しそうに目を細めた。それを見て、シャロンはまた笑ってしまう。そんな二人のやり取りを見て、シャロンの両親は「この様子なら安心だ」と思い、ニコニコとしていたのだった。
♦︎♢♦︎
「シャロン、貴女……それ、もうリオン殿下のこと好きなんじゃないの?」
「えっっ」
親友アーシャに鋭く突っ込まれ、シャロンは固まった。
好き。好きとは……?
恋愛経験に乏しいので、いまいち良く分からない。
「まあ、良いわ。ゆっくりでも。リオン殿下は原作の攻略キャラじゃないし、あんなにシャロン一筋だから……そういう面では、大丈夫でしょう。それよりシャロン。注意した方が良い人物がいるのよ」
「え、ライナスの他に?」
「ええ。リオン殿下の護衛騎士、ウィルバート・クライトンよ。白銀髪を顎のところで揃えてる、中性的なイケメン、いるでしょ?」
「ああ。ウィルさん?」
シャロンがぽんと手を叩くと、アーシャは重々しく頷いた。
「ウィルバートは、原作の攻略キャラなの。激しい二面性が売りの敬語キャラで、一見すると人当たりが良いけど、実は腹黒なのよ」
「そうなんだ!?意外……!」
「忠義心が厚すぎて、リオン殿下を害する者を見つけ出しては、裏でひっそり片付けようとしているの。シャロン、貴女もきっと警戒されてるわ」
「そっか……。まあ、リオン殿下の部下からしたら、私の印象は良くないよね。求婚を断り続けてるわけだし……」
「そうよ。シャロンは原作ゲームのことを軽視するけど……貴女、一応悪役令嬢なんだから。もうちょっと、気にすること!」
「はい……」
慎重派のアーシャにきつく言いつけられて、しゅんとする。そうは言われても、シャロンは前世で乙女ゲームなどしたことがないので、ピンと来ないのだ。
アーシャは顔を
「あとね、私……シャロンに言いにくくて、ずっと言えなかったことがあるのよ……」
「何?」
「リオン殿下は、今の正妃様のお子ではないでしょう。実のお母様は、幼少の頃にお亡くなりになっているわ。だから彼は、今の正妃様の実子……第二王子の派閥から、常に命を狙われているという設定なのよ」
「えっ……!?」
それは初耳だ。いつも明るく爽やかなリオンが、常に暗殺の危険に晒されているなんて、シャロンは全く知らなかった。でも確かにリオンは、現在の正妃の実子ではないのだ。王位継承権を狙われていても、おかしくはない。
「リオン殿下は暗殺の手から逃れるために、国外へずっと留学していたのよ。ただ、この国の貴族は全員、16歳で王立学園へ入学しないといけない決まりだから……学園に入るために、母国へ戻ってきたと言うわけ」
「そう、なんだ……確かに入学されるまで、ずっと国外にいらしたものね……」
自分の国に居られないほどとは、リオンは陰でどんなに苦労してきたんだろう。それを思うと、シャロンは胸が苦しくなった。
しかし、アーシャの言葉はなおも続いた。
「それでね……ゲームでは、リオン様は攻略キャラじゃないけど……死亡してしまうルートも多いの」
「……!?」
シャロンの顔が一気に強張る。リオンが死亡、してしまう――――考えるだけで、ぞっとする。
「シャロン、これからは貴女も、危険に巻き込まれるかもしれないわ。だから気を付けてほしいの」
「……私、リオン殿下のこと……何も知らないんだね」
シャロンは俯いて、ぽつりと言葉を零した。何だかとてもショックで、胸がつきつきと痛む。アーシャは心配そうな顔をして、手を握ってきた。シャロンはじっと考え込んだ後、パッと顔を上げて宣言した。
「決めた。私、もっと……リオン殿下と関わってみることにする!」
「え!?私の話、聞いてた……!?貴女も危険が伴うのよ?」
「聞いたてたよ。聞いた上で、気になるの。私、もっとちゃんと、リオン殿下のことを知りたい。それに、求婚を断り続けるにしたって……きちんと相手のことを知らないと、失礼だもの」
「……シャロン。貴女って他人のことになると、正義感が強いというか、義理堅いというか……。まあ、そういうところがきっと、リオン殿下に気に入られたのね」
アーシャは呆れたように溜息を吐いてから、人差し指を立てて言った。
「そういうことなら、私にも考えがあるわ。シャロン、貴女は……魔術で戦えるようになりましょう!」
「えっ!?私、魔術は裁縫にしか使ってないけど……!?」
「それよ。貴女の魔術には、文字通り!針の穴を通すほどの、精密さがある!もっと使い道があるんじゃないかと、前々からずーっと思っていたのよ……!!」
アーシャはすみれ色の目をぎらぎらさせて、シャロンの肩をがしっと持った。もともとオタクの彼女は今世、濃〜い魔術オタクをしているのだ。ちょっと……いや、かなり怖い。
「ア、アーシャ。ちょっと待って……?」
「よく考えて。いざという時、自分の身と、リオン殿下のことを守る力があった方が良いでしょ?」
「それは、うん。そうなりたいよ」
シャロンは頷いた。リオンを助ける力が身につけられると言うなら、是非そうしたい。
「よし!今日から特訓を始めるわよ!私の扱きに付いてきなさい!!」
「な、何だか大変なことが始まってしまった気がする……!!」
こうして、アーシャによるシャロンの魔術特訓が始まった。可憐な彼女が繰り広げる、地獄のような扱きは過酷を極め、シャロンは何度も泣き言を漏らすこととなった。しかし、アーシャの暴走は止まらなかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます