第2話 目指せ婚約破棄
「俺は例え結婚しても、お前を愛することはない」
シャロンのボンクラ婚約者、ライナスがそんなクズ台詞を言ったのは、二ヶ月ほど前に遡る。
テンプレートのようなその台詞に、シャロンはショックを受けることはなかった。とうとうきたか、と思っただけである。
もともと可愛い女性を見かけるたび口説いていた、女たらしのライナス。確かに色気はたっぷりあるし、美形ではある。しかし、中身重視のサバサバしたシャロンにとっては、彼は全く魅力的に映らなかった。
まあもっとも、女性にしては背が高く、凹凸の少ないシャロンの見た目は、ライナスの好みからも完全に外れていたらしい。お互い様である。二人は幼い頃から決められていた婚約者であるにも関わらず、長年とても不仲だった。
そんなライナス。彼はこの王立学園に入学してから、平民出身の男爵令嬢クララと、燃え盛るような激しい恋に落ちた。シャロンの親友のアーシャによれば、それは『ゲームのシナリオ通り』らしいが――――その話は、一旦置いておく。
しかし問題は、ライナスが冒頭のクズ台詞を言ったこと自体ではなかった。彼はこの台詞だけを残して、さっさとシャロンの元を去ってしまったのである。
シャロンはブチ切れた。
――――どういうこと!?
私を愛する気はないけど、婚約破棄はしないってこと!?
私が侯爵令嬢だから、婿入りの権利は手放さないってこと!?
結婚だけして権利は美味しくもらった上で、愛人と仲良くするってこと……!?
シャロンは怒りに怒った。
これでは自分が、あまりにも都合の良い女ではないか。
もちろん、自分に自信があるわけではないし、愛し合って幸せな結婚がしたいと高望みしていたわけでもない。
ただ、搾取されるだけの可哀想な存在になるなんて、まっぴら御免だった。
♦︎♢♦︎
「そういうことなら、こっちから作ってやるわよ!婚約破棄する理由を!!」
シャロンはバンと勢いよく机を叩いた。
向かいに座る親友の伯爵令嬢、アーシャ・メレディスは、守備よくお茶を非難させている。全く動揺が見られない。
「いつかこうなると、私は思ってたわよ。だから、散々忠告したじゃない。この世界は『花束の恋を君に』っていう乙女ゲームが原作で――…………」
「ええい、そんな筋書きはどうでもいいのよ!!……復讐よ!復讐してやるわ!!私…………あいつより、絶対に
「
アーシャはその大きなすみれ色の目をぱちくりとさせながら、復唱した。首を傾げたので、彼女の美しい黒髪がさらりと流れる。シャロンは、ほとんど無い胸を張って言った。
「前世チートを使うのよ…………私には、技術がある!!」
「え゙。それって、もしかして…………」
「そう!」
シャロンは、もう一度机をバンと叩いた。
「男装よ!!」
前々から、常々思っていたのだ。シャロン・クリストルの容姿は、この世界の令嬢としてはあまりにも不利だが――――もしも男装をすれば、絶対に化けるはずだと。
幸いにもシャロンの前世の趣味は、男装だった。副職として、男装カフェでバイトをしていたくらいだ。その上、本職は服飾デザイナーだったので、自分で型紙から服を作ることができる。メイクアップの資格だって持っていたのだ。
それに、今世は魔法がある。前世から見ると、シャロンはもはや人外のスピードで服を作ることができるのだ。
「私、生まれ変わるわ!!目指せ、婚約破棄!!」
こうして、シャロンは――――自分には全く似合わない、フリフリした重たいドレスを脱ぎ捨てた。そして代わりに、スラリとした男性用のシャツにベスト、スラックスとテールコートを見に
その翌週、社交界の年頃の令嬢たちには、見事に大激震が走った。
「あの素敵な殿方は、一体誰……!?」
「え……!?侯爵令嬢の、シャロン様!?」
「性別なんて、些細なことだわ!なんて素敵なの……っ」
「まるで、御伽話から飛び出て来た王子様みたい……」
「あの金糸のような御髪、なんて美しいのかしら!」
「物憂げな青い目も、本当に素敵だわ!」
「シャロン様!こっちを向いて!」
「きゃあっ!目が合ったわ!!」
シャロンの男装はほんの一瞬にして数多の令嬢を虜にし、社交界のモテ勢力図をあっという間に塗り替えたのである。ライナスなんて、全く相手にもならなかった。
このようにして、もともと婚約破棄を目指して始まったはずの、シャロンのモテ人生だったが……まさか、この国の王太子まで虜にしてしまうとは。この時の彼女自身も、全く預かり知らぬことだったのである。
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