第3話 王太子からの求愛
その日、親友アーシャはうんざりした声を出していた。
「全く……こんなにモテて、一体どうするつもり?ライナスに婚約破棄してもらう算段は、ついているの?」
「え。自分より女にモテる女なんて、普通は嫌じゃない?私なら、婚約破棄するけど……」
「何を目指してるのよ。ライナスは貴女が思ってる以上にクズなんだから、これにも耐えるかもしれないわよ」
「えっ。それは困る…………」
「「「シャロン様〜!!」」」
シャロンがぱっかりと口を開けて呆けている間にも、あっという間に令嬢たちに囲まれてしまった。アーシャがどんどん遠くなっていく。
「シャロン様、見てくださいな!」
「ああ、スザンヌ嬢。ピアスを新調したんだね?君の水色の瞳によく似合うよ」
「きゃっ!さすがだわ!」
「シャロン様、私の話も聞いてくださいませ」
「ん?どうしたんだい、ダイアナ嬢」
混乱しながらも、いつもの癖でファンサを始めた時である。遠くから、女性の泣き声のようなものが聞こえた。
「何事だ!?誰かの泣き声が聞こえる……!」
シャロンたちが少し移動すると、そこにはある可憐な令嬢と大柄な男がいた。彼女は男に怒鳴られ、今にもぶたれそうになっていた。
「ええい!俺の婚約者なのだから、言うことを大人しく聞けっ!!」
シャロンは得意の風魔法を使い、一瞬で移動して令嬢の前に立ち、男の手を受け止めた。
「婚約者に暴力を振るうとは、男の風上にも置けない輩だね」
「お、お前は……!シャロン・クリストル!!」
男はどうやら、シャロンのことを知っていたようだ。令嬢たちはまとまって成り行きを見守っていて、二人は注目の的だった。男の顔はみるみる間に、分かりやすく真っ赤に染まっていった。
「お前……!俺に、恥をかかせたな!!」
「それが何だ。下らない。暴力を振るう男は屑だ」
「うるさい!女風情が、女にモテて……調子に乗りやがって……!!」
激昂した男に、勢いよく手を振り払われる。上背があるシャロンだが、本来非力な令嬢であることには変わりない。男の力は驚くくらい強くて、全く抗えなかった。シャロンはそのまま胸ぐらを掴まれ、ぎりぎりと持ち上げられた。
「俺が、思い知らせてやる……!!」
「やれるものなら、やってみろ」
だがシャロンは、気持ちだけでは負けまいと強い瞳で相手を睨め付けた。
その瞬間である。
ゴン!!
男の頭が、飛んできた大きな氷塊に殴られた。
シャロンの胸ぐらを持ち上げていた手から、くたりと力が抜ける。地面に投げ出されそうになったシャロンは、襲いくる痛みに構えようとしたが――――大きな、大きな身体に、しっかりと抱き止められた。
「大丈夫か?」
「え…………?はい…………」
シャロンを上から心配そうに覗き込んだその顔には、あまりにも見覚えがありすぎた。センターで分けた真っ黒な髪に、翡翠の美しい瞳。いくら男性に疎いシャロンでも、その尊顔を知っている。彼はこの国の王太子、リオン・アシュフォードに違いなかった。
呆然としたまま、支えられてそこに立たされる。暴力男は、もうすっかり気を失っていた。
王太子リオンは、はっきりとした声で言った。
「綺麗だった」
「え…………?」
「自分よりも強い者に怯まない、君の瞳が、綺麗だった。こんなに綺麗なものは、初めて見た……」
リオンはシャロンの肩を優しく支え、真摯な瞳で見つめながらそう言った。
――――おかしい。おかしくない?だって、なんかこれ、まるで、口説かれているみたいな――――………………
「俺は君に惚れた!!」
「えっっ」
リオンが華々しくそう宣言したので、シャロンは呆気に取られた。空いた口が塞がらない。
「こんな気持ちは生まれて初めてだ。どうか、俺と結婚して欲しい!!」
パクパクと金魚のように口を動かした後、シャロンは何とか言葉を発した。
「どうして、私が女だって…………」
「そんなもの。骨格を見れば、明らかだ」
「…………申し訳ないんですが、私。一応、決められた婚約者がいて…………」
「何?その男を、好いているのか?」
「いえ。全く。婚約破棄を、望んでます……」
「よし。叶えよう!!」
リオンはにっこりと微笑み、再度言った。
「俺はリオン・アシュフォード。君を好きになった。俺と、結婚して欲しい!!」
ひゅるるるる……。
風が吹いていく。その場の誰もが生唾を飲み込み、この状況を見守っていた。
「申し訳ありませんが、私、王太子妃になるのはちょっと…………。お断りします…………」
リオンの翡翠の目が、みるみる間に見開かれていく。あ、私の人生、終わったかも……と、シャロンはそう思ったが。しかし次の瞬間には、リオンは心底楽しそうに、ニッと笑った。
「ははっ!そうか!…………でも、俺は諦めない!」
「えっっっ」
思わぬ返答にシャロンが圧倒されていると、二人の男が慌ててそこへ駆け寄ってきた。
「リオン殿下!困ります!護衛の目を抜けて、何をしてらっしゃるんですか!」
「うわ。この男、完全に伸びてる。まーた軽く攻撃魔法使って!後処理するの、一体誰だと思ってるんですか〜!?」
白銀髪に金色の目をした中性的な男と、茶色の癖っ毛に赤い目の眼鏡をかけた男が、心底呆れた様子で言う。二人はこの王太子の、お付きの者であるらしかった。
「俺は決めた!彼女と結婚する!!」
「えっ」
「えっ……!?」
リオンの唐突で堂々とした宣言に、二人もぴしりと固まった。当たり前である。
「と言っても、今振られたところなんだがな!!はははっ!!」
「な、な。何を、おっしゃっているんですか……!?」
「え、何で笑ってんの?え?振られたんですよね……?怖…………」
このようにしてシャロンは、王太子のハートまでもをゲットしてしまったのである。
♦︎♢♦︎
「シャロン、今日はこの花だ」
あれから王太子リオンは、毎日せっせとシャロンの元に通い、一輪の花と共に熱烈な求愛をしてくるようになった。シャロンが男装していようとも、多くの女性陣に囲まれていようとも――――彼には、全く関係ないらしかった。
「白薔薇ですね。花言葉は……深い尊敬?」
「そう。俺は、自分を貫く君を尊敬しているから」
「勿体ないお言葉です……」
「一輪の薔薇には、『あなたしかいない』という花言葉もある。文字通りだ。俺には君しかいない」
シャロンも怯むほど歯の浮くような台詞を、この王太子は素で言ってくる。しかもいつも爽やかで、とても様になっているのだ。シャロンは見栄えのする男装メイクを追求して、体型の見せ方にもこだわり抜いた上で、計算ずくでモテているのに……天然モノは狡い。
「ありがたいのですが、今日もお断りします」
「うん!そうかと思った」
「思ったんですか……」
「一つ提案があるんだ、シャロン」
リオンは翡翠の目を細めて、とても楽しそうに言った。
「俺と、デートしてくれないか?」
「はあ」
「一日デートしてくれれば、あのクズ婚約者と、円満に婚約破棄させると約束しよう。王太子妃になることも、特に強制しない」
「……!?」
破格の条件に、シャロンは青い目をきらりと輝かせた。それを見逃すリオンではない。彼はニッと笑った。
「良い反応だ。決まりだな!」
「ま、待ってください。それでリオン殿下に、何の得があるんですか……?」
「……得?そんなの、決まってる」
リオンはシャロンの手を取り、ちゅっと一度口付けてから、真っ直ぐに彼女の目を射抜いた。そして、少し苦しげに言った。
「あんな男と君が婚約しているなんて、焼けて仕方ない。嫉妬で苦しいんだ……」
「え…………」
「俺にとっては、得しかない。君にも得だろう。どうか、受けてくれないか?」
じっと懇願するように見つめられ、うっと言葉に詰まる。前世でも今世でも、女性には大変モテてきたが、男性にモテた経験なんて皆無だ。シャロンは、実は男性に免疫がなかった。
「……い、一日、デートするくらいなら。良い、ですけど……」
しどろもどろになりながらそう答えると、リオンの顔はパッと輝いた。
「ありがとう!じゃあ、今週の土曜の昼でどうだ?」
「……大丈夫、です」
「やった!11時くらいに迎えにいくから、準備していてくれ!」
「はあ…………」
何だろう。婚約破棄という究極の目標が簡単に果たされようとしているのに、シャロンの心は全く落ち着かず、何だかそれどころではなかった。
――――わ、私、男の人と、デートなんてした事ない……!!
一方のリオンは、あっという間にシャロンの元を離れ、部下二人に嬉しそうに報告した。
「聞いたか!?ウィル!カイル!シャロンとデートだ!!」
「良かったですね。……護衛騎士としては、事前に何も聞いていないのが、とても気になるんですけれど……」
「ここまで、よく粘りましたね〜。ある意味、尊敬します」
白銀髪のウィルバートは護衛騎士、茶髪で眼鏡のカイルは王太子補佐らしい。この二ヶ月弱の間、口説かれ続けたお陰で、彼らともすっかり顔見知りになってしまった。
リオンはまるで尻尾を振る大型犬のように、ブンブンとシャロンに手を振りながら去って行った。
「…………で、どうするの?」
「どうするって、言われても…………」
親友のアーシャに突っ込まれ、シャロンは目をぐるぐるとさせた。だが、婚約破棄させてもらえるという条件に目が眩んだのだ。仕方ないではないか。
「男装で、行くわ……。あの王子様も、さすがに呆れるでしょ……」
「あらら。不敬罪で捕まっても、知らないからね」
アーシャは呆れ果てた顔だ。シャロンは何故か激しくドキドキと高鳴る胸を押さえて、俯いたのだった。
次の更新予定
男装して婚約破棄目指したら、何故か王太子に溺愛された話 かわい澄香 @kawaiwai
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