スキル【全能】は使いにくい

戌亥

第1話

 高校の終業式。

 それは日常のちょっとしたイベントだった。いつもと変わらない日だった。

 その帰り道で『さあ夏休みだ!』とワクワクしていたら、突然現れた落とし穴に落ちた。

 舗装路にもかかわらず、陥没という風でもなく、扉が開くみたいな軽さで道路に穴が空き、落ちた。


「っ!」


 突然の浮遊感に驚き、下を見れば底なしのような闇に、引き攣った声以外出なかった。

 闇の中を落ちながら、ただ焦燥と諦念だけが心を占めていた。


(……終わった)


 俺、高丘 良司は今日わけもわからず死ぬ。

 そんな謎の確信があった。



 ——



(……生きてる?)


 気絶していたのか、意識が戻ると何かにもたれかかって座っているのがわかった。

 おそるおそる、目を開けると森の中にいた。

 大きな木の根本に、もたれて座っていた。

 体を見れば、何故か服装が変わっていた。

 簡素な作りの鎧、その下に質の良い服を着ていた。


「なんじゃこりゃ」


 そう言って、怖気が走る。

 知らない言語がすらりと出てきたのだ。


(なんだ、なにが……)


 ただただ、混乱していた。

 恐怖と焦燥が、頭を駆け巡っていた。


 しばらくして落ち着いた頭で状況を整理する。

 まず、ここは森だ。日本っぽくはない。

 穴に落ちて外国に来たのか? ははっ、そんなわけはない。

 次に、やけに静かだ。生き物の気配——鳴き声とか動く音とか——がしない。

 しかし、不気味というより神聖という感じだった。

 そして、自分の体。おそらく、別人の体だ。

 自分の体ではないことは確かだ。

 俺の腕はもっと毛深かった。

 最後に、頭というか意識というか思考というか、そんな感じのものの隅に、ずっと“何か”がチラついている。

 ただ、そのチラつく“何か”をどうすればいいのかわからなかった。

 その“何か”に、意識を集中してもうんともすんとも言わない。


「どうなってんだ」


 俺は、たまらずそう言った。

 ここが、どこかわからない。地球か、もしくは異世界か?

 何にせよ、こんな森のど真ん中じゃどうすることもできない。

 持ち物は無く、鎧と服だけがある。

 移動しようにも、なぜか足が動かない。

 痛みがあるわけではないが。


(どうしろってんだ)


 少しヤケになってきた。

 こうなった時によ状況が好転したことはない。

 目を閉じて、眠るか否かという精神状態にする。

 これが瞑想というのか知らないが、俺的に一番落ち着く方法だった。


「ん?」


 頭の“何か”に触れた感覚があった。

 奇妙な感覚だった。

 頭から第三の腕のような触手のようなものが伸びて“何か”に触れるような感覚なのだ。

 急いで頭部を触るが、何もない。

 しかし、確かに頭から伸びている。その感覚がある。


「………………幻覚?」


 俺は発狂したのだろうか?

 まあこの際なんでもいい。

 第三の腕で頭の中の“何か”を掴む。


 —————————

 <スキル>

【全能】ランク10 レベル1

[未設定]

[未設定]

 —————————


「ん?」


 こんなものが頭に浮かぶ。

 スキル? 全能? 未設定?

 本当に俺はおかしくなったらしい。漫画やラノベでよく見るものだ。

 ともかく、いろいろと調べてみよう。

 一番気になった[未設定]となっている部分に触れてみる。

 触れた瞬間、膨大な単語群が頭を駆け巡る。

 単語群は徐々に増えていき、それに比例するように頭が弾けそうな感覚と痛みが走る。


「ぐぁっ!」(やばいやばいやばい! 頭が、破裂する!)


 単語群から適当な単語に触れる。

 すると途端に単語群は消え、それと一緒に痛みやらも消えた。


「あぁっ、クソッ! なんなんだよ」


 —————————

 <スキル>

【全能】ランク10 レベル1

[灯火 ランク1]

[未設定]

 —————————


 スキルの未設定が灯火ランク1に変わっていた。

 よくわからないが火が着くってことか?

 俺は面白半分で、右腕を上げ指先に灯れと念じてみる。

 すると、指先に火が灯っていた。

 ライターやロウソクのような弱々しい火だった。

 指先から発火しているが熱さは感じない。

 しかし、他の部位に近づけると、


「あつっ!」


 左手が火傷した。

 と同時に火が消えた。

 スキルを使うには、意識し続けないとダメらしい。

 わかったことがある。

 単語群から選べるものは全て使える。おそらく。


(全能……つまり、なんでもできるということか?)


 認めたくないが、ここは異世界だ。

 俺がいた世界ではない。

 しかし、帰れるかもしれない。

 それでも、帰れない覚悟はしておこう。

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