第4話:チーム結成①

 魔導兵装を立てかけていたエクシア・ホワイトはカーテンからのこぼれ日で目を覚ました。カーテンを開けて、太陽の光を浴びる。

 朝。アーキバス魔導学園の初めての朝はエクシアに取って特別だった。

 二段ベットの上から「ごきげんよう、エクシアさん」と目をさすりながらセラフィム・灰が声をかけてきた。彼女とはルームメイトになっていた。ゆっくりとベットから降りてきて一際大きなあくびをする。

 

「ごめんなさい。起こしてしまった?」

「カーテンを開けてその台詞は勇気があるね。まぁ良いよ、気にしてなぁい」


 制服に着替えたセラフィムは、玄関口からエクシアに声をかけた。

 

「じゃあ、私はお先〜」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 エクシアはまだ準備ができていなかった。制服の着方が分からず半裸姿のまま慌てていた。腕には包帯が巻いてある。それも手伝って制服に着替えるのが時間かかったのだ。

 玄関にいたセラフィムは、さっき履いたばからの靴を脱いでエクシアの下へ戻り、肩に手を置いた。

 

「手伝うよぉ。前見てて」

「ありがとう」

 

 制服を一通り着せ終えると、セラフィムは包帯が巻いてある部分を痛ましげに見た。

 

「昨日の傷、痛む?」

 

 瓦礫に押し潰された時の傷だ。骨が露出するほどの大怪我で、もしかしたら生命を絶たれていたかもしれなかった。

 そう思うと、エクシアは自然に傷口を押さえていた。

 

「うん、大丈夫」

「そう。運が良かった。死んでいてもおかしくない質量だったからぁ」

「……想像したくないわね」

 

 二人は食堂に向かい朝食を食べた。オムライスだった。その後はトイレに寄って、髪を整えていると、背後から声がかけられた。

 そこには、金髪の少女がいた。

 ルシフェリオン・ゴールド。ナインボールの同室の少女である。


「君が噂の恋人さんか。二股するとは随分と尻軽なようだ」

「したくてしたわけじゃないわ。でもセラフィムさんだけが良い思いをするのは嫌だから」

「ふふ、発想がネガティブ」

「それで? 何のようかしら」

「挨拶をしにきたんだ、新人さん」


 剣呑な雰囲気に、エクシアは素早く魔導兵装を持つという行動に出た。威嚇であり警告だ。ここで何か攻撃してきたら抵抗するぞ、という。


「本質的な挨拶をしないかい?」

「本質的?」

「ああ、アーキバスでは珍しくないんだ。暴力によって解決する事案というのは」

「やる気? お互いただでは済まないでしょう」

「君次第かな」


 ルシフェリオンの右手には、いつの間にか魔導兵装が握られていた。すぐにエクシアは動いた。即決即断である。選んだ行動は逃亡だ。


(今ここで戦うメリットはない。逃げる。それが最善)


 しかしエクシアは、ルシフェリオンにあっさりと組み伏せられしまう。自分がいつ組み伏せられたのかさえ気づかなかった。


「残念。良い線は行くと思うよ。逃げを選択する思考や、魔導兵装をすぐに持つ反射は優れている。課題としては純粋な魔力能力かな。基礎スペックは高いけど、それだけに魔力を扱った経験がなさそうだ」


 ルシフェリオンはぺらぺらとエクシアを評論していく。


「魔力を使った戦闘は、基礎スペックで戦うものとはレベルが違う。これからに期待。60点」

「貴方は何者なの?」

「逆に問いかけるけど、何者だと思う?」


 エクシアは一瞬考えて、言う。


「先任の魔導師を用いて行う、新入生の能力調査とか」


 ルシフェリオンは驚いたような顔をする。

 

「正解。いや、素晴らしい。有望だ。私も先輩として誇らしいよ」

「で、誰なの?」

「私はルシフェリオンだ。ルシフェリオン・ゴールド。よろしくね、後輩ちゃん」

「はい、よろしくお願いします」


 ルシフェリオンは颯爽と去っていく。エクシアはナインボールを探して校内を歩いていた。


(昨日のお礼を言いたいのだけれど、見つからないものね)


 半分諦めかけたところで、見覚えのある姿をとらえた。赤黒い髪に、月光の髪飾り。見間違いではない。ナインボールだ。


「おはようございます、ナインボール様」


 ナインボールは振り返ると笑顔で近寄ってくる。


「昨日の。エクシアさんか。おはよう」

「昨日はありがとうございました」


 ナインボールはエクシアの腕を見る。


「守れなくて申し訳ない。腕は痛むかい?」

「いいえ、大丈夫です。それに自分の力不足ですから」

「エクシアさんは魔導師の訓練を受けていないと聞いたが」

「はい。家の方は魔導師を排出する家系なのですが、事情があって遅れました。高等部からの参入ですが、早く一人前になれるように頑張るつもりです」

「いや早く一人前になる必要はない。ゆっくり、基礎を固めて訓練をしてベテランになってほしい。しっかりと初陣を乗り越えて経験を積む方が大切だから」

「意外です。魔導師は早く一人前になる必要があるものかと」

「そういう人は多い、確かに。だが死んだら全部おしまいだ。取り戻せない」


 ナインボールの指に力が篭る。


「死なない戦いをする必要がある。魔導師には。私が言えた義理ではないが。エクシアさんはまだ新人だから、基礎訓練に力を入れてほしい。基礎は裏切らない」

「はい、頑張ります」

「それじゃあ、私はこれで行くよ。訓練頑張って」

「ありがとうございます」


 エクシアは、ナインボールと別れて校舎の入り口に行くと、実技を行う班分けが張り出されていた。昇降口に人だかりができている。


「あ」

「あ、エクシアだぁ〜」


 甘ったるい声を出しながら近寄ってくるセラフィムに、エクシアは顔を歪める。それの気を止めず、セラフィムはエクシアに絡んでいく。


「今頃来るなんて随分と余裕があるねぇ」

「……やっておきたいことがあって」

「なるほど、随分と授業に対するモチベーションが低いみたぁい」

「もしかして馬鹿みたいに鍛えれば強くなるとか思っている脳筋? それ普通に効率悪いわ。万全の態勢で訓練してこそ最大の効率が発揮される」

「効率的な訓練だけでは身につかない精神的な力もあるでしょう? 困難に際して立ち向かう勇気や、忍耐力。苦難に慣れる意味もあるわぁ」

「それは地力があって初めて成立する言葉って知っている? 何の力がないやつが忍耐とか精神を語る暇は無いと思うよ? せめてデータ上で安定した上振れを引けるようになるのがスタートラインね」

「正直に言えばどちらもやったほうが良いに決まっているわぁ。といっても地力も精神の訓練されてない貴方が言って良い言葉じゃないしぃ」

「それはそれ、これはこれ」


 お互い軽口を叩きながら、セラフィムの先導で足湯に赴くことになった。


「良いのかしら、今日は通達事項の確認だけやれば良い日?」

「スケジュールも確認してないのぉ? 授業は明日だからいーのいーの。それに理事長の配慮らしいよ? アーキバス魔導師育成学園は、モンスター迎撃の最前線であるのと同時に魔導師取ってのアジールでもあるべきだって」

「アジール?」

「聖域。何人にも支配されることも脅かされることもない常世。まぁ、良い大人が私達のような小娘に頼っている贖罪という面もあるのでしょうがねぇ」

「不思議よね。私みたいなド新人から、セラフィムさんのように実績のある魔導師まで経歴も技量もバラバラ」

「あははは、少しは調べてるわねぇ。私のことセラって呼んでも良いよ」

「セラフィムね、了解。これからもセラフィムって呼ぶわ。ナインボール様はナインって呼んでも許してくださるかしら」

「優しそうだし、行けるんじゃなぁい?」


 足湯から上がった二人はロビーで、ティータイムを楽しんでいた。

 

「エクシアさん、朝食の後はどこにいたのぉ?」

「二年生の校舎に」

「ああ、ナインボールさんに会いに?」

「ええ、お話はできたんだけど、ナインボール様のことをあまり知らないのよね」

「臨時魔導師として欠員のあるチームに臨時で参加して活躍なさってるわぁ。あとは激戦区に身を投じる機会が非常に多い。そこで多くの勝利と生還者を出してる。そのことから終わりを告げる者なんてセカンドネームがつくんですから、すごぉい」

 

 エクシアは問いかける。

 

「セラフィムさん、私に魔導兵装との使い方を教えてくれないかしら?」

「気持ちは分かるけど、焦りはぁ禁物……と普通なら言うところだけど、ここはモンスター迎撃の最前線。初心者と経験者を混ぜ込みにしているのは魔導師同士が技を教え合って、鍛え合う自主性も期待されているのでしょうねぇ」


 魔導師の新兵は時間をかけてじっくり育成して欲しいという想いは、ダンジョンからやってくる無限のモンスターと、戦闘員の絶対数という現実が砕いていく。しかしエクシアが恵まれているのはアーキバス魔導師育成学園には幼少期より指導を受けた歴戦の猛者が多いことだろう。

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