魔術師インソニア
魔術師インソニアはイメディオの町で生まれ、魔法の才能を見出されて王都で学び、ベリアーレ王国軍に配属された若き女性魔術師だ。数ヶ月前には王都を襲ってきたオウガを魔法で撃退し、セリア二世から褒章を授かった。しかし、彼女は笑顔で王の前に立ちながら心の内で悪態をついていた。たかだかオウガ一匹ごときに
インソニアは美しい顔立ちをし、浅黄色に輝く見事な髪を持つ女性だったが、生まれてこのかた異性から誘われることもなかった。なぜなら、いつもその美しい顔立ちが歪んで見えるほどの大きな丸い眼鏡をしていて、髪は邪魔だからと後頭部で球状にまとめ、茶色いベレー帽の中にしまっていたから。胸は一般的な女性と比べると薄めで、魔術師でありながら剣士が着るようなバトルジャケットとボトムスを好んで着用していた。魔術師達がローブを着て杖を持つ風潮がインソニアにはよく分からなかった。そんなものを身に着けたところで魔法の力が強まるわけでもないのに、と。
そんな男っ気の無い人生を歩んできた彼女にも、憧れの男性がいた。この国の英雄であるパルミーノだ。親子ほども歳の離れた相手だが、彼女にとって、いや、王都に住む多くの若い女性にとってそんなことは関係がなかった。最強の英雄に憧れるのは至極当然のこととも言える。しかもパルミーノは独り身だ。
パルミーノが指揮する軍だからこそ、インソニアは喜んで働いていたのである。それなのに、王がわがままで追放した。敵国と内通だなんて、パルミーノに限ってするはずがない。大いに不満を抱えていたところに、今回の王都襲撃事件である。パルミーノが追放されていなければ、こんなことは起こらなかった。死ななくていい人達が大勢死んだのに、この王はオウガ一匹始末しただけの自分をヘラヘラ笑いながら褒め称えている。その上命がけで王都を守った兵士達のことは口汚く罵ってもいる。まったくもって、見るに堪えない愚かしさだ。
「少しの間、故郷の町に帰ることをお許しください」
式典が終わってしばらくし、風が冷たくなってきた頃、インソニアは休暇を取って生まれ育ったイメディオの町に里帰りすることを願い出た。この頃には王都の様子もすっかり変わり、至る所でセリア二世の悪口が聞こえるようになっていた。王宮でも兵士達や使用人達、そして魔術師仲間が王の耳に届かないように注意しながらも、彼の治世に対する不満をヒソヒソと言い合っていた。セリア二世は単に国の英雄を追放しただけではなく、あらゆる政治的判断が凡庸かつ幼稚で、大臣のセルゲイ・イワンコフが忙しく走り回っては王の間違った指示によって生まれた損害を補填するのに労力を割いていた。
「ああ、最近はモンスターも大人しいし、たまには故郷に帰ってゆっくり骨を休めるといい」
軍を指揮するアントニオに許可され、インソニアはイメディオの町に向けて旅立った。この機会に追放されたパルミーノがどこへ行ったのかも調べるつもりだ。見つけることができたら、自分も出奔してパルミーノのそばに仕えようと思っている。他にも王都を逃げ出した兵士や魔術師がいるので、アントニオもインソニアの目論見を薄々感じ取っていた。だから、彼がインソニアを見送る目にはいくらかの諦めの色が浮かんでいた。
インソニアがイメディオの町に帰ってきたのは、ブリテイン帝国軍が攻めてくる数日前のことだった。生家に戻って近況の報告をし、さてこれからパルミーノの行き先でも調べようと準備を進めていた矢先に、町の商人達から不穏な情報を聞く。少し先にあるホルド村が帝国軍によって滅ぼされたというのだ。パルミーノの追放を受けてかの国が攻め込んでくる未来がくるであろうことはずいぶん前から予測していたが、ホルド村の辺りから侵入してきたとなると、次の目標はこのイメディオの町になる。一応、町の警備隊には伝わっているらしい。王都にももちろん連絡が行っている。アントニオが軍をまとめて迎撃に出るのもそう遠くないことだろう。そうなると、自分はどうするべきかと考えた。警備兵と共に帝国軍を迎え撃つなど、自殺行為だ。アントニオの軍が到着するまでどこかに避難しておくのも良いが、多くの住民が犠牲になるのは想像に難くない。
だから、インソニアは警備兵達とは別の方向から敵軍を待ち、魔法によるヒットアンドアウェイ戦法でかく乱と敵軍の消耗を狙い、王国軍の到着まで時間稼ぎをしようと考えた。だが……。
「そんな……
敵軍に恐ろしいものを見つけたインソニアは、恐怖にすくんでしまった。手を出せば間違いなく自分が殺される。とても一人で対抗できるような相手ではないと、魔術師として高い技量を持つ彼女だからこそ気付いてしまい、戦意を喪失した。住民を見捨て、町から離れた場所に身を隠して災厄が通り過ぎるのを震えて待つことしかできなくなるインソニアだった。
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