イメディオの町
「やったな、おっさん!」
ルドルフが駆け寄ってくる。念のため周囲にまだ敵の気配がないか確認するが、どうやらこの周辺にはクオ・ヴァディスとルドルフの二人以外には生物もそれ以外のものも気配が感じられない。危険は無くなったと安堵すると同時に、この地に生きていた命が全て失われたという事実に憤りが生まれる。逃げ延びた人はいるかもしれない。動物達は怯えて隠れているのかもしれない。だが今の瞬間この地は死の静寂が支配しているのだ。ほんの数日前には平和な村人達の営みがあったであろうに。
「……ああ、そうだな。ロイを探そうか」
激情を抑え込み、ルドルフがこの村に戻ってきた第一の目的を実行するよう促す。この村に生存者はいないが、元々ロイが生きているとは思っていない。彼の遺体を探して弔うためにきたのだ。
「うん、ありがとう」
二人は改めてホルド村の跡地をくまなく調べて回ることにした。
◇◆◇
その頃、イメディオの町には悲鳴と怒号が響き渡っていた。逃げ惑う人々は執拗に追い回されて背後から斬られ、町は住民達が流した
「『孤狼斬』!」
剣士が使う武技は一瞬で何人もの兵を肉塊に変える。あっという間にこの町の守りは瓦解し、百名ほどの兵が町を蹂躙し始めたのだ。
「うーん……」
そんな阿鼻叫喚の地獄絵図を高台から見下ろしながら、ティアルトは渋い表情をしていた。襲撃を開始してから丸一日、未だ町の半分も制圧できていない。多くの住民が町を脱出して逃げ出し、様々な手段で反撃を試みる者も少なからずいて自軍にも負傷者が出始めている。
「やっぱり数が足りないね。ホルド村で予定外の損耗があったのが本当に痛い」
「お得意の魔法で不死者の兵を増やせばいいじゃねえか」
敵に使い手がいないので高みの見物を決め込んでいるガリアーノが素っ気なく言う。しかしティアルトは首を振った。
「あれは生きてる間に魔法で印を付けておいた人間が死んだ時にしか使えないからね。この前みたいに自軍の兵が大量に死んだ時は補充に使えるけど、一方的な殺戮ではまともに増やせないよ」
部下の兵には死後モンスターとして蘇る魔法をかけてあると当然のように語る魔術師に、言うまでもなく自分も印がつけられているだろうガリアーノは特に気分を害した様子もなく話を続ける。
「それじゃあどうするんだ? 本隊から引っ張ってくるか?」
ブリテイン帝国領内には進軍の準備を整えた兵が約一万ほど待機している。彼等が失った兵力ぐらいはすぐに補充できるのだが、ティアルトは本隊からの補充に難色を示してきた。戦力の逐次投入による無駄な損耗を抑えたいし、そんなことをするぐらいなら最初から全力で侵攻しておけば良かっただろうと本国の連中から笑われるのが目に見えていた。だが、現状はもう侵攻がベリアーレ王都に伝わっているのが確実であり、先遣隊の兵は半減、町を制圧するのにも手間取る状態だ。そう遠くないうちにベリアーレ王国軍がやってくるだろう。そろそろ決断を下す時だとは思っていた。
「……よし、本隊に出陣の連絡を入れよう」
本隊からの補充ではなく、本隊の侵攻を決意したティアルトは連絡用の魔法道具を取り出した。一見するとただの水晶玉のように見えるその道具は、呪文を唱えることでもう一つの水晶玉に声と姿を届けることができる。連絡先は本隊である。ホルド村に配置した死霊は進路を確保するための防衛用で、連絡を取り合うつもりもなかった。
「『サルヴェー』、こちらはティアルト。聞こえる?」
ティアルトが水晶玉に呪文を唱え、話しかけるとそこには赤髪の若い女性が映し出された。
「サルヴェー、こちらはケトラ。よく聞こえております。そちらはどうですか?」
本隊を預かる副将のケトラである。華美な鎧に身を包む彼女は一般的な将軍職の軍人にイメージされる威容を保っていた。魔術師とはいえローブに身を包んだ少年のような姿のティアルトは異端の将軍なのだ。
「よく聞こえるよ。全軍、侵攻の準備を開始。準備が出来次第出発して。あと
「飛獅隊ですか? すぐに出せますが、空を飛んで王都を直接攻撃するのですか?」
飛獅とは、鷲の翼と頭に獅子の身体を持つ魔獣である。空飛ぶモンスターの中では知能と戦闘力が高く、人間が飼い慣らして軍用に使うこともある。ケトラの問いにティアルトはニヤリと笑って返事をした。
「よく分かってるじゃないか。辺境に不釣り合いな強敵が現れてさ、計画が狂ったから数で押していこうと思うんだけど、馬鹿正直にまっすぐ進むだけなんて面白くないだろ?」
「ではそのように手配します」
上官の言葉にケトラは淡々と返事をし、会話を終了させた。
「よし、飛獅隊が来たら僕とガリアーノは王都を攻めよう。この町はロイに任せておけばいいよ」
「待ってました! 早く王都で暴れたいと思ってたんだ」
惨劇が繰り広げられるイメディオの町を見下ろしながら、遊びにでも行くかのような会話をする二人だった。
◇◆◇
「……どこにも見つからねぇ」
ロイの遺体を探し、ホルド村をくまなく探したルドルフとクオ・ヴァディスだったが、どこにも見つからず一旦休憩をしていた。
「こうなると、連れていかれた可能性が高いな」
先ほどの戦闘を考えると、生きたままとは限らない。むしろ最悪の事態になっている可能性が極めて高いと考えていたが、あえて口には出さない。ルドルフも十分に理解していることだ。
「大勢の足跡が街道を進んでいる。どうやらコソコソするのをやめて真っ直ぐ王都へ進むようだな」
「……行こう、おっさん」
軍を追いかければ、交戦の危険は高まる。だがここに至ってはもう戦うことしか考えられなくなっていた二人は多くを語らずに頷き合って街道へと顔を向けた。
「この方向へ進めばイメディオの町がある。無事だといいが」
全力で駆け出したい気持ちを抑えながら、背中の荷物を持ち直して歩き出す二人だった。
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