出発
次の日、クオ・ヴァディスが旅支度をして現れるとルドルフは驚いた表情をしたが、すぐに安堵したような顔になった。村を守って欲しいと思っていたが、やはり自分一人で死地に赴くのは心細いのだ。頼りになる人物が一緒に来てくれるのは申し訳ないが嬉しかった。
「無理はしないでくださいね。ルドルフさんもやることが終わったらぜひこの村に帰ってきてください」
「信用できる若者はいつだって大歓迎だからね」
マリルとアリエッタが二人に言葉をかける。他の村人達も見送りに集まってきて、うんうんと頷いている。根無し草のルドルフにも帰る場所、帰ってもいい場所があるのだと伝えようとしている、そんな彼女等の気持ちを受け取ったルドルフは目頭が熱くなった。
「オイラ、アニキを見つけたら一緒に帰ってくるよ」
見つけたら、という言い回しからルドルフはロイの死を疑っていないのだとクオ・ヴァディスは気付いた。二人が別れた状況からして当然のことではあるが、彼はロイの遺体を回収して弔うことが目的で、仇討ちはしないつもりなのだ。それは現実的な考えであるし、何よりも無用な危険を犯す必要が無い冷静な行動だ。侵入したブリテイン帝国軍を撃破して皇帝の目論見を打ち砕きたい気持ちのクオ・ヴァディスの方が、よほど無茶な考えをしている。
「それじゃあ、行こうか」
クオ・ヴァディスが促し、村人達に手を振って歩き出すと、ルドルフもそれに追随するのだった。かつて兄の後を追っていたのと同じように。
◇◆◇
一方ティアルト率いる帝国軍の先遣隊は次の目標に向かって出発を開始した。もう侵略の情報は王都に伝わったものと
「本隊を呼ぶ前に少しでもベリアーレ王都に近づいておきたいからね」
「イメディオか……全部殺して回るのは骨が折れそうだ。兵も半分に減っちまったし」
もはや身を隠すことなく堂々と街道を進軍する先遣隊の先頭で行き先を告げるティアルトとぼやくガリアーノ。ホルド村でロイ達にやられた分とルドルフを追って帰ってこなかった分の兵士を合わせると百人近くにもなった。予定外の戦力損耗である。戦争における兵の損耗率で考えれば、全滅判定に相当するほどの損害だ。ガリアーノはすぐに約一万の兵が残る本隊との合流を提案したが、ティアルトは合流前に少しでも道を切り開いておきたいと考えていた。
「兵が減った原因であるロイに頑張ってもらわなくっちゃね……フフフ」
無言で二人の後について歩くロイに視線を向け、嫌らしく笑うティアルトだった。
◇◆◇
ホルド村には守備兵が残っていた。当たり前だ、制圧した拠点にはそこを守る兵を置かなくてはすぐに奪い返されてしまう。ただ、クオ・ヴァディス達が目にした守備兵は彼等の常識からは考えられないものだった。
「モンスター!?」
ホルド村の入り口には門番のように立つ二つの人影があった。クオ・ヴァディス達はブリテイン帝国兵が村を守備しているのだと思い、そっと近づいていった。するとなんということだろうか、そこに立っていたのはブリテイン帝国軍の鎧を着た骸骨だったのだ。生きた白骨死体とでも言えばいいのだろうか、血肉の無い骨だけの人間が鎧と剣で武装し立っていた。
「スケレトゥスってやつだな。私も初めて見るが、噂には聞いたことがある。
「なんでそんなのがブリテインの鎧を着てんだ?」
「さてね……帝国の奴等が着せたのか、あるいは……」
嫌な想像をして、言いよどむクオ・ヴァディスである。おそらく、これが正解なのだろうと強く思うほどに辻褄が合いすぎている。そんなクオ・ヴァディスの様子を不審に思うルドルフだったが、彼には学が無いので物知りそうなクオ・ヴァディスの言葉を待った。
「ここで死んだ兵士を魔法でモンスターに変えたのかもしれないな。そういう邪法があると聞いたことがある。敵軍には魔術師がいたんだろう?」
「……っ!」
クオ・ヴァディスの言葉に息を呑むルドルフ。剣士と戦っていた兄が魔法で捕まえられた光景が脳裏に浮かぶ。もしあの魔術師がこの悍ましいモンスターを生み出したのだとしたら。このモンスターが自分と兄が殺した兵士達のなれの果てだったとしたら。
最悪の事態が頭に浮かんできた。
「まずは村にいるスケレトゥスの数を把握して、全て退治しよう。それからロイを探す。いいね?」
「……あい」
喉がカラカラに乾き、顎が震えて口が上手く動かない。なんとか返事を絞り出したルドルフだったが、その背中をクオ・ヴァディスが優しくさする。
「ゆっくりでいい。深呼吸をして気持ちが落ち着くまで休もう」
「……」
クオ・ヴァディスの声掛けに無言で首を縦に振る。自分の中に生まれた悍ましい想像が、胸を締め付けるように感じた。何度か深呼吸をして、やっと身体が動くようになった時、ルドルフの目には力強い意思の光が宿っていた。
「こんなことをする悪者は許しちゃいけねえ」
「ああ、そうだな」
二人は頷き合うと、武器を手に村の裏手へと向かっていった。
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