選ぶべき道は
クオ・ヴァディスがやって来たことに、ルドルフは強い罪悪感を覚えていた。彼は自分に優しくしてくれたテルミノ村に害を及ぼしたくない一心でここまで孤軍奮闘してきたのだ。敵はまだ二桁人数はいる。クオ・ヴァディスが相当な使い手だということは分かっているが、下手をすれば命を失いかねない状況だ。こんな事態に巻き込みたくなかった。
「ルドルフ、よく頑張ったな。これを飲んでちょっと待っててくれ」
しかし、クオ・ヴァディスはそんなルドルフの肩を叩き、ハイポーションを手渡す。飲んだだけで魔法の力が身体の傷と疲労を癒してくれる強力な魔法薬だ。高価な薬を
「さて、ベリアーレ王国領内で国民に向けて武器を振るっているお前達は、侵略者だ。例えどんな理由があったとしても許すことはできない。ここで全員死んでもらうぞ」
そんなルドルフをかばうように前に立ち、剣を抜いたクオ・ヴァディスが兵士達を睨み付ける。その気迫に圧倒されたのか、兵士達は武器を構えたまま一歩、後ずさった。仲間を何十人も殺害した鬼のような大男を前にしても怯まなかった勇猛な兵士達が。
「くっ、恐れるな!」
兵士達の後ろから指揮するリーダーが、叱咤する。が、次の瞬間その眼前にクオ・ヴァディスの顔が迫っていた。
「兵の長なら、先頭に立って指揮しろよ」
冷たい目をしたまま言い放つクオ・ヴァディス。同時に、剣を構えていた兵士達が全員その場に倒れ伏した。地面に勢いよく赤黒い染みが広がり、彼等の生命が枯葉の隙間から土に飲み込まれていったことを知らせる。
なんとか薬瓶の口を自分の口につけることに成功したルドルフは、その瞬間起こった出来事に目を見開いた。自分はこの男をとんでもなく侮っていたのだと理解する。兄と同じくらい強そうだと思っていたのが、ありえないほどの無礼であったことを心の底、いや魂の奥底から思い知った。
強い、なんて言葉で表せるようなものではない。まるで次元の違う存在がそこにいた。
「なっ……」
驚きを持った声が兵士の口から発せられた時には、その頭と胴体が永遠の別れを告げているのだった。
「そうか、ロイが……」
回復したルドルフを連れてテルミノ村への道を歩きながら、彼の身に起こった出来事を聞いた。怒りと悲しみに握った手が震えるが、この話を聞いたクオ・ヴァディスは自分が何をするべきか決めかねていた。
王都までのパイプがあるアリエッタに侵攻のことを伝えてもらうのは当然として、その後だ。テルミノ村を戦火から守るために留まるべきか、王国軍が侵略者達を退けるのに協力するべきか。
自分は追放された身だ。そもそも国内に残っていてはいけないのだ。それに自分を受け入れてくれたテルミノ村を守るのが最優先だろう。コロゾフもそれを期待して自分を匿ってくれたのだ。本来、悩む必要のないことだ。王国の守りはアントニオに任せている。彼なら十分に役目を果たすだろう。だが……。
「クオさん、テルミノ村のみんなを守ってくれよ。オイラはホルド村に行ってアニキを探さなきゃ」
ルドルフは生き別れた兄を探しに行くと言う。確実に死んでいると思ってはいたが、まだ彼の死は確定していないのだ。あそこで命を落としているとしても、遺体を見つけて供養したいと考えている。その上で、この強い男にはお世話になったテルミノ村の人達を守ってもらいたいと思っている。彼さえいれば、きっとどんな敵が攻めてきても大丈夫だと信じられた。
「そうだな……君も少しテルミノ村で休んでいくといい。せっかく生き延びたんだ。無理をせず準備を整えるんだ」
「……ウッス」
ルドルフにもテルミノ村に残ってもらいたい気持ちはあるが、彼がホルド村に行きたいという気持ちは痛いほどわかる。だがこの若者は死なせたくない。どうすればいいのか、クオ・ヴァディスには何が最良の選択なのかが分からなかった。ひとまず、村に戻って確実にやらなくてはならないことを済ませよう。それからのことは後で考えようと考えながら歩を進めるのだった。
◇◆◇
「兵士達が戻らない?」
一方、ホルド村で出発の準備をするティアルトとガリアーノは、ルドルフを追っていった部隊が戻ってこないとの報告を受けていた。これは良くない状況だ。もしあの男が逃げ延びて我々のことを王国に報せてしまったら面倒なことになる。だが、とティアルトは思案する。
「役に立たねぇ連中だな。どうする?」
ガリアーノは軍の指揮に関与するつもりがない。頭を使うのはティアルトの仕事だ。何となく、二人の傍に立つ男に目を向けながら聞いた。
「このまま進もう。敵に迎撃の様子が見えたらそこで止まって大軍を呼び寄せることにするよ」
制圧した拠点には守備兵を残していく。本国への伝達も容易になるだろう。ここで撤退するよりは、少しでも王国の奥深くまで切り込んだ方が最終的な労力は少ないだろうと見積もった。
「そうと決まれば、さっそく前進しようぜ。あいつらは全滅したんだろうさ。お前の弟もなかなかやるじゃないか、なあロイ」
「……はい」
虚ろな目をして、覇気のない返事をするのは二人の傍に立ちブリテイン帝国の鎧に身を包んだロイ、その人なのだった。
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