始道
「鍵は開いてるのか?」
「あっしがいれば勝手に解除されるようになってますので、そのまま入っていただければ」
到着。
いくつも部屋があるというよりも、大きな部屋がドンとあってついでに小部屋がついているような造りの拠点。
精霊の加護だの魔法の応用だのはぐらかされたままの清潔術とやらで劣化が抑えられている拠点の中へと入っていくヒメであった。
「でっけぇ釜だな」
「ただの飾りです。あるだけでなんか凄いことやってそうでしょ? ってことらしいです」
「それにしちゃあ中身があるみたいだけど。なんか茹でてるとかじゃないのか」
「演出ですね。精霊たちに任せて動かしている場所もありますけど、ここは完全に見た目だけです」
「見栄っ張りにもほどがあるだろ」
「張ってこその見栄ですよ」
精霊使いの界隈ではそういった文化があるのだろうか。
他人がどう思うのかといった部分にあまり頓着のないヒメは理解できそうにはなかった。
いつかそんな思考が身に付いてしまう可能性を少し感じてしまい、少し鬱陶しく思ってしまう。
「では、テレポートしますがよろしいですかね」
「すぐ目の前にテレポートするのか?」
「いいえ。緊急事態というわけでもありませんので別室に一度テレポート致します。ミツキ様にもプライベートという大事なものがありますから」
光に包まれていく二人。
元々から光っているだろうというゲゲへのツッコミはもう擦り切れるほどされてきたもの。
ぽこぽこ。静かな部屋の中で次の来訪者を待つのは大きな釜だけ。
怪しく光っている中身に変化が訪れる日は来るのであろうか。
ミツキの来訪。その日はまだまだ先となる。
「っとと」
「到着いたしました」
転移による揺らぎに身体がふらつくヒメ。
以前はなんてことはなかったテレポートでも身体の変化を知ることになる。
一つずつ知っていけばいい。そして、前を知っているからこそそれに近づこう追い抜こうと強く思える。
打ちのめされるのではなく叩かれることでより自身が硬く強くなっていくのだと、そう感じているヒメであった。
「それでは、しばしお待ちを」
先に部屋から出ていくゲゲを見送るヒメは一緒に行ってもいいだろと言いたくなる。
所謂、見栄というやつのための準備なのだろう。寝てしまっていたなんて赤っ恥は見せないのなら最初から見せない方が良いに決まっているのだから。
別にいいだろ。というヒメの感性を他人に強制するつもりもないのだ。
ここは大人しく待っているのが賢明な判断、ってやつなんだろ? と独り呟くヒメの言葉は虚しく空気を震わせるだけ。
「テレポート専用の部屋ってわけでもなさそうだよな……」
待っている間に部屋の観察をすることにしたヒメ。
天井からぶら下がっている蜘蛛の糸や、隅で埃被っている本の山には意味はあるのか。
加護があるんだとか言っていた拠点はそんなことなかったのに、ここだけは随分と汚れている印象である。
本拠点に精霊を使うほど余裕がない訳でもあるまいし。
逆にその加護とやらが邪魔になるほど繊細な術があるという可能性もあるわけか。
「本物……だよな? 飾りには見えないんだよな」
ヒメは興味のままに触らない礼儀は持っている。勝手に触ってしまってトンデモ事態を引き起こすようなヘマなんてしない。彼女は決してポンコツ属性など持っていないのだ。
椅子に座ろうとしてそのままぶっ壊してしまったとしても彼女は決してポンなんかじゃない。
「ハリボテじゃねえか……なんだ? 見た目だけって言うにしても流石に酷いだろ、これは」
そう。責任は全てここの主であるミツキのせいなのであってヒメのせいなんかじゃないのだ。
「ヒメ様準備ができましたので……おや、どうかなされましたか?」
「とぼけるんじゃない。なんだこの椅子はハリボテじゃないか」
「お気になさらず。そういう日もありましょう」
「あってたまるか」
埃の舞った中、立ち上がりながら服にしがみ付く埃達を払おうにも周りが埃だらけのためあまり意味は無く。
ゲゲに連れられて部屋を出てからも自身の服を払い続けることになるヒメ。
幸先が悪い。これで本当にやっていけるのかとワクワクが薄れてきて心配が大きくなっていく。
実力がある、というのも勝手な思い込みであり実のところペテン師なんじゃないのかなんて疑いが出てきてしまっても仕方がない。
「さっきの部屋とは打って変わって真っ白だな」
「身が引き締まるでしょう? あっし、結構お気に入りなんですよね」
どうしてあの部屋だけ。という疑問が出るくらいに一変して清潔感が過ぎる白の空間。
建物自体はとてつもなくデカいのだろう廊下にはいくつもの扉があり、どこまでも廊下が伸びていた。
「足元、お気を付けくださいね。ミツキ様も最初の頃は転びに転んで泣きべそかいておられましたから」
「だったらなんでこんな造りにしたんだよ……。あと勝手にそんな話して大丈夫なのか? 怒られるだろ」
「ヒメ様が黙っていれば何も問題ありませんよ」
「自動的に共犯者になるシステムに問題アリだろ」
全面から照らされているかのように極端に影が少ないため、遠近感が掴みにくい。
段差があるのかどうかも、自分の足がどこで着地するのかも判断しにくい。
美しさ。厳かさを優先した結果とんでもない欠陥が生まれているのは途中で気が付かなかったのか。
そんな白に包まれながら。
二人は遠く先に見える突き当りまで歩き続ける。
「いや長いな。もっと近くにテレポートできなかったのか?」
「事情がありまして」
建物にしては長すぎる。下手をしたらキロメートルに及ぶ長さは異常だと言える。
「こんなに部屋もたくさんあるし、何なんだよココ」
「長くなりますので説明はまた後日にいたしましょう」
「窓も無いし」
「いちゃもんですか?」
「遠巻きに言わないのであればそうなる」
雑談もそこそこに。これだけの時間があれば長くなる説明もできたんじゃないの? と思った頃にはもう端へと着いていた。
文句の一つでも言ってやろうと。この扉の向こうにいるであろうミツキへの小さな復讐心を燃やして扉を開けていく。
最初に見えてきたのは代わり映えの無い色味。
全く同じような景色の部屋が扉の先に待っていた。
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