忍ぶもの
「な、なんだコイツ!?」
「てぇいっ! お縄につけーい!」
身軽な動きで男を翻弄し強烈な一撃をお見舞いするのは。
「くの一! くの一だ!」
「ちょ、違いますから! ただの旅の者ですから!」
そう。かの有名などこぞの島の忍者とかいうやつ。
暗殺者だとか諜報員だとかいった話だが、こんなにも堂々と荒事に首を突っ込んでもいいのか疑問である。
もっとも、ヒメにとって今はそんな細かい事なんてどうでもよかったが。
「こんな朝っぱらから破廉恥な格好しやがって!」
「なっ!? これは
「やっぱテメェくの一じゃねえか!」
「あなた何故それを!? くっ、中々に頭は回るタイプの悪党さんのようですね……!」
うーん。ちょっと頼りないかも……。なんてヒメの心配を裏切るようにまず一人。
一番ひょろひょろ体型であった男を
小柄であるのに膂力に不足は無く、例え相手が男であっても対等以上にやりあえるらしい。
「う、動くな! この女がどうなってもいいのか!?」
「……いいんじゃないですか? 別に」
「何ぃ~? って、あれ。どうしてお前、そっちに……」
「そんなに丸太を
「あぁ!? いつの間に!?」
「忍法! 忍法ってやつだ!」
「あなたは何で興奮してるんですか! それに忍法じゃありません。手品です、て・じ・な!」
いつの間にか男ではなくくノ一に抱かれていたヒメは、気付けば声をあげていた。
救いのヒーロー。助けてくれた人が書物でしか知る機会のなかった憧れの存在であれば誰だってそうなるだろう。
「ひ、ヒメ様! 如何なされましたか!?」
「何奴! 悪党どもの仲間かっ!?」
「あいたっ」
投擲したのは苦無か手裏剣か。鈍い音と共にゲゲは地面へと落下していった。
ヒメは知識が無かったために何を投げたのか判別は付かなかったが、刃は無いらしく真っ二つになっているとかグロテスクな状態には至っていないことを確認できて一安心をすることになる。
「隙ありっ!」
「バカはよく吠えるので助かりますね」
「うぎゃっ!?」
ゲゲに意識を向けていたくノ一へと殴りかかった男が一人。
くノ一は慌てることなく華麗に受け流し、そのままカウンターの右ストレートを顎へと直撃させる。
「まだ、やりますか?」
それは丸太を抱えたまま動くタイミングを見失っていた三人目の男への言葉。挑発というより警告の意味合いを持たせた発言。
どこに隠していたのか。かかってくるなら容赦はしないぞと、くノ一は苦無を片手に瞳をギラつかせている。
「ち、痴女のくせに……! 覚えてろ!」
丸太を捨てた男は気絶している仲間二人を見捨てて、捨て台詞だけを残して逃げていく。
「あっ、ちょっと! 痴女って言うなー!」
逃げていく男の言葉に納得がいかなかったらしいくノ一はぷんすこ地団駄を踏んで抗議をするが、逃げていく相手には大した意味もなく。
「たっくもー。私のことなんだと思ってるんでしょう」
ぶつくさと言いながらも男達を拘束していくのは流石と言ったところか。
憧れを目の前に興奮したのは一瞬で、事が終わった今ヒメは呆気にとられて文字通り縄に縛られていく男達の様子を見守ることしかできない。怒りや憎しみの感情は無くただ安堵だけが押し寄せていた。
「これでヨシ、っと。危ないところでしたね、お怪我はありませんか?」
「あ、あぁ。ありがとう、助かった」
「ふふん。当然のことをしたまでなので。あ、そういえばこの人だけじゃなくって何か虫みたいなのもいたような……」
「大丈夫だ。そっちのは私の連れだから」
「そ、そうだったんですか!? 私としたことがつい手が出てしまって……」
「いや、助けようとしてくれたのは分かってるから。あいつには私の方から言っておくから、気にしないでくれ」
きゅーくる伸びてしまっているゲゲを摘まみ上げたヒメは、自身の髪へとゲゲをセットする。
不思議そうにそれを眺めているくノ一であったが、何かに気付いたのかぴょこ跳ねているアホ毛を尖らせて背筋を伸ばす。
「はっ!? 事が済んだら即撤退!」
「え?」
「ではでは私はこれにて失礼。お元気でっ! しゅばっ」
これも忍法なのか。飛び上がったように見えたくノ一の姿が見えなくなる。
天井を突き破っていった様子もなければ全力で廊下を駆けて行った様子でもない。
「おい、大丈夫か!?」
「しゅばっ! って自分で言うんだ……」
「なんだって?」
衛兵が騒ぎに駆けつけてきた時にはもうくノ一の姿は完全に消えていた。
さらば私のヒーローもといヒロイン。お礼も満足にできなかったけれどまたどこかで会えたならその時は盛大に感謝を伝えなければと思うヒメなのであった。
「例の奴らじゃないか?」
「あぁ、間違いないだろう」
男達を引き渡す時の衛兵たちの言葉。どうやらヒメ以外にも被害に遭っている人達がいたらしい。
三人組の男。睡眠薬を使っての犯行などなど。色々と特徴が一致していることから間違いなさそうである。
一人は逃がしてしまったが、宿の外へと逃げていった男の目撃者は多数いるためその内捕まるだろうとのこと。
そうなればこれ以上の被害者は生まれないということになる。
自分が最後の被害者になったことを運が良いと捉えるのか運が悪かったと捉えるのかだが。
「この街の住人以外の方にまで被害が及んでしまって申し訳ない」
「いや、宿代をタダにしてもらっただけでなく慰謝料なるものまで用意してくれているんだ。これ以上の謝罪は必要ない」
「今後、あなたのような被害者が出ないよう我々も全力を尽くそう」
「そうしてくれ。私が最後の被害者であり続けることがあなた方が見せられる最大の誠意だ」
ヒメは後者であった。
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