面会の報せ
「というわけで明日ミツキ様の元へ行きます」
窓から入ってきたゲゲは到着するなりそんなことを言い出す。
閉め切っていたらどうやって入ってくるつもりだったのだろうと余計な事を考えながら、ゲゲの言葉を反芻し。
「それって私も一緒に行くということだよな。急だな」
「暇を持て余しているミツキ様に不可能はありません」
スケジュールに問題はない、ということだろう。
用事というのはミツキとの打ち合わせであったのか。
ヒメとしてはどういった動きをするのかという予定はゲゲから言われた通りにするつもりであった以上、ミツキに会いに行くことになったとしても文句はない。向こうが了承をしたのなら実現は目前である。
「なんだか悪いな。時間を使わせて」
「ヒメ様は釣りはお好きですか?」
「は、釣り? やったことないから分かんないけど、なんでだ?」
「釣りは魚が針にかかるまでひたすらに待ち続けますよね」
「あぁ~、うん。そうなんじゃないかな、知らないけど」
「一分でかかるかもしれないですし、一時間以上針にかからないかもしれません。ヒメ様はその時間を無駄だと思いますか?」
「ん~。一匹釣るのに一時間以上使うのは勿体ないって思っちゃうかもな」
「いいですか? ミツキ様はその一匹を釣るまでの時間を無駄だとは思わないお方なんです。一時間でも、半日でも。どれだけかかろうとも意味のある時間だと考えているのです」
「釣った一匹にそれだけの価値があるってことか? 大物を釣るためなら時間は惜しくない、みたいな」
「何を釣ったのかは関係ありません」
「何が言いたいのか分かんねぇよ」
「何かがかかるかもしれない状況を作っていることが大事なのです」
何を何が何かがと何々五月蠅い会話ですこと。
ゲゲの言葉を聞いてもいまいち頭に入ってこないまま『ふ~ん……』と相槌を打って済ませてしまうヒメであった。
理解できるような、できないような。つまりは理解できていないということなのだが、そんなヒメの様子を見てもゲゲは責めたりはしない。
「つまり、ヒメ様は魚であったというお話です」
「私ってそんなに生臭い?」
「どうでしょう。あっしには鼻が無いので……」
「そこは否定してくれ」
「冗談ですよ」
「顔が無いから分かりにくいんだよボケてるのか本気なのか」
「そこは慣れてください」
気が抜けたヒメが向かう先はベッド。優先順位が食事の方が高くパンを貪っていた余韻で座っていただけであり、身体はもう限界だったのだ
一度寝転んでしまえばこっちのものだと。ゲゲがいるからといった遠慮は今更なかった。
心の緊張も身体の緊張も一気に抜けていく。
「早くに出るのか?」
「お昼頃に街を出れば十分です。それまではご自由に」
「……だったら、出発前におばちゃんのパンを食べていくか」
「よほどお気に召したようで」
「味とかもそうだけどさ。それだけじゃないんだよな。なんか、安心する」
「是非、改めておばちゃんにも言ってあげてください。あの方はそんな場所になっていればいいと常々仰っていましたので」
「そうしよう」
眠い。あぁ、今から寝るんだなと自覚しながらの就寝。
こういった時は大抵夢を見るんだよなぁと思いながら、重過ぎる瞼を一人では持ち上げられない。
もっとも、今更夢を見る見ないなんて細かい事なんてどうでもいいが。
ファイト! ここで負けたら寝ちまうぞ! なんて瞼を上げる筋肉教官が主張するが、構うものかと。
そして明かりを点けたままであっても睡魔は襲ってくる。
寝させるものかと邪魔をする要素が次々にやってくるが、もうヒメは身体を起こせない起こしたくない。
「おやすみなさい」
「あぁ。また……明日」
反射的に返事をすることは残っていた意識で事足りた。
そしてそれは
ヒメが熟睡できるようにとゲゲは明かりを消して、そしてパンくずの残っている机の上へと着地していく。
何も特別な儀式が始まるわけでもない。ただ寝るだけのこと。精霊だって睡眠くらいするものなのだ。
「……む、ブランケットもかけないで寝てしまわれてますね」
気付きの精霊ゲゲ。
起こしてしまわないように足元でぐっちゃぐちゃになってしまっているブランケットを引き抜き、起こさないようにふんわりとヒメへとかけて。
まるで子供を世話しているかのよう。
寝返った拍子に意味を成さなくなったブランケットを再びかけ直す。
今度こそ大丈夫だと確認したところでゲゲの一日は終わるのであった。
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