肯定するための何か
「ただ歩いて周るだけでいいのか?」
「いいえ。街の防壁に修繕が必要な個所が無いか。草木が伸び伐採が必要な個所が無いかなど、そういったことにも意識を向けながらでないと意味がありません」
新しい仕事を見つけるのが仕事、とも言えるのかもしれない。
ヒメの頭にではなく、今回はゲゲは先導するように街の外の見回りを開始していた。
「怪しい者がたむろしていないか。付近に魔物の姿がないか。地味ですが、大切な仕事です」
「ん、まぁ。大事だってことは分かるけどさ」
「つまらないですか?」
「ハッキリ言えばそうなる」
「意外です。あなたならこんな歩いているだけで仕事になるなんてラッキー、とか思いそうなものなのですが」
「……前までだったらそう思っていただろうな」
楽な仕事であるほどに良い。サボりたい、というわけではないがわざわざ無理をして危険な事をやりたくはない。
それが基本的なヒメの考え方であったはずなのだ。
それなのに今は見回りよりも危険な魔物の討伐を望んでいるのは何故なのか。
あまりにも簡単過ぎるのはゴメンだということなのか。
地味な仕事は楽しくないからやりたくないということなのか。
少なからずそういった思いはあるのであろうが、一番の理由は別にあった。
「ん、ここ」
「崩れてしまっていますね」
「最近だな。崩れてるところの劣化が見えない」
「定期的に見回りは実施されていますので、少なくとも一週間以内の出来事なのでしょうね」
「担当の奴がサボってなければの話だけどな」
どこまで力が失われているのか。今の自分は、どこまで戦える力を持っているのか。
ヒメは不安なのだ。知らない、把握できていないからこその不安。
速く走れない。剣を長時間の間に何度も振り抜く体力もない。重い一撃を繰り出すだけの膂力もない。
感覚的には理解していた。ただ、それを信じきれない。信じたくないのだ。
身の危険にはある程度対処できる実力があった以前に比べて、今は何もできない鎧を着ているだけの無能。
そんな風にさえ思えてしまえて、怖いのだ。
それが焦りを生んでいる原因。何かしなければ、という行動力を生む熱量が心の内にあるからこその空回り。
そんな状態では良い結果に繋がりにくいのは目に見えている。
仮に上手くいったとしても正常な判断ができず勘違いをしたままになってしまう可能性が大きい。私はまだやれるんだと過信してしまうことだろう。
「魔物の仕業なのか、それとも人為的なものなのか……」
「魔物がやったにしちゃ綺麗過ぎる気がする。むしゃくしゃした苛立ちを誰かがここで発散したとか、そんなオチだろ」
ゆっくり進んで欲しいわけじゃない。
ゲゲは、一歩ずつ進んで欲しいのだ。
確実に、一つずつ自分の変化を把握して。そして、何ができるのかを知って欲しいのだ。
見回りの仕事は焦る気持ちを落ち着けるための緩衝材の役割。
「報告する問題が見つかりましたね。お手柄です」
「誰にでもできるだろ。持ち上げるな」
「そうかもしれませんね」
誰にでもできること。それだけ聞くと価値が無いように思えてしまう。
しかし、今のヒメにとっては何よりも重要なことであった。
「何もできない無能なんかじゃないですから」
「……だから、いちいち五月蠅いっての」
簡単なことだとしても。誰かにもできることだとしても。
ヒメにでもできることがあるのだという何よりの証明になっているのだ。
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