呪縛からの解放された姿


「よっし、こんなんでいいだろ」


「割と適当なんですね」


「自分が選ばなくても良かったのが仇になってる感」


「その辺りもお勉強していきましょうね~」


 見た目としては今まで使用していた神具に近いシルエットになっていた。

 動きやすさ重視の装備。それがどういった系統なのか名称があるのかもちんぷんかんぷんなヒメなのである。


 装着の仕方も分からず四苦八苦。着たら着たで重いだの鬱陶しいだのと文句をタラタラ。

 遂にはあんた一体何をしに来たんだと店番をしていたおっちゃんから呆れられてしまうことになる。


 金も払わない冷やかしだったら怒号と共に追い出されてしまっていただろう。

 幸い金はしっかりと払う客ということでお咎めはナシ。心配そうに見送るおっちゃんにまた来るぜ~なんて手を振って別れる陽気さを持つヒメであった。


「ヒメ様。せっかくですし、簡単なお仕事を受けてみませんか?」


「腕試しってやつ? まぁいいけど、別に仕事として受けなくてもいいんじゃないか?」


「今後、あっしらとやっていくなら必要になってくることですし。丁度良いので色々と終わらせておきましょう」


 曰く、とある組織の窓口があるとのこと。

 街の困りごとを集めてそれを仕事として紹介している、言ってしまえば仲介業者のような存在だと思っておけばいいらしい。


 組織の詳細までは語らないゲゲであるが、その内わかるだろうとヒメも深くは掘り下げない。


 言われたままに従う操り人形。そう言われてしまっても仕方がないなと、自分の立ち位置を自嘲するのもそこそこに。

 別に今までとそう変わりはないじゃないかとネガティブ思考はここでさよならバイバイ。


「……なんか変か?」


「変、というより目立っているだけという話かと」


「つまりは変ってことじゃない? それ」


「うーん、ニュアンスの違いと言いますか」


 浮いてはいるのだろう。

 行き交う人々に怪訝な視線を送られてしまっている。


 ヒメにはそれが『あの人の格好おかしくない?』やら『何やってるんだろうあの人?』のような、変人扱いされているように思えてしまって

 今までも余所者であるが故にそういった扱いは受けてきた経験が少なからずある。あるにはあるが、今は立場がまるで違うのだ。


 新しい環境だからこそヒメは過剰に考えてしまっていた。


「あの~、あまり考えなくても良いと思いますよ」


「他人事だからって軽く言ってくれちゃって」


 ヒメの予想とは裏腹に街往く人の視線は好意的なものであるのだが、それに気付くことはない。

 ゲゲもなんだか調子に乗りそうだからと教えることもない。


 実際、教えてしまえば調子に乗って鼻が重力によってへし折れるくらいに天狗の如く鼻を伸ばしに伸ばしきるので。

 ゲゲの判断は正解であったと言えるだろう。


 とある組織の窓口へと到着するまでの間、ざわざわとした落ち着きのなさを我慢するしかないヒメなのであった。


「ここか?」


「ええ。入りましょう」


 なんてことはない見た目の建物。

 色々な店が構える通りの中にあるなんでも屋と書かれた看板を掲げた店の中へと入る。


「いらっしゃ~い」


「御無沙汰してます。ミツキ様の遣いの者です」


「あら~、ゲゲちゃんっていったかしら。久しぶりね!」


 店の中に入ると元気良く声をかけてくれたのは、ふくよかな体型をしたおばさま。

 普段からニコニコとしているのが察せられる雰囲気を持った方。というのがヒメの第一印象であった。


「今日は何にする? あ、そうだコレなんかどう? さっき焼き上げたばっかりなのよ?」


「ではそれを二つお願いします。他には、えっと。ヒメ様は何か要ります?」


「そうだな。この……クロワッサンを頼む」


「あら、いつもの方じゃないのね?」


「えぇ、新人なんですよ。これからお世話になることも増えると思いますから、よろしくお願いしますね」


「あらあら、それは嬉しいわね! 若い子が来てくれると元気貰える気がしちゃうのよ。用事が無くても、いつでも来てくれていいからね!」


 若干に引き気味のヒメである。

 ヒメの知り合いには少ない勢いの良い溌溂とした人だった。


 そして、話をしながらも頼まれたパンはしっかりと持ち帰られる準備をしていくおばさん。

 これもあれもと追加で注文がはいっても嬉しそうにしてせっせと手を動かしている。


 何がどうなっているんだ。仕事の話がどうのこうのではなかったのか。


 なんて細かい事はどうでもいいだろう? 目の前に美味しそうなパンがあるんだぞ?

 これを無視したら神様に怒られてしまうぞ! というスタンスのヒメ。こういった時にばかり持ち出される神様はヒメにとってどういった存在なのか問い詰めたくなる。


「なぁ、食べちゃってもいいか?」


「いいわよ。安くしておいてあげるから一杯食べてってね!」


 あまりに順応してしまっているせいでゲゲは話を切り出すタイミングを失ってしまうことに。

 ヒメがこんなにも楽し気にしているところを見たことが無い。邪魔をしてしまうには後ろめたさが大き過ぎたのだ。


 何かに時間が迫られているわけでもない。焦ることはないだろうと。

 何か声を出すわけでもなく口を出すわけでもなく。ゲゲは笑うヒメ達をただ見守っているのであった。

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