決別


「これが死の匂い。まさか自分のを嗅ぐことになるな――」


「うるせぇよ」


『容赦ないですね』


 容赦する必要がどこにあるんですか? という気持ちが無言のヒメからひしひしと感じ取れる。

 腕を喰われて死にかけて。それもそうかと納得するゲゲ。


 最後の言葉を強制終了させられた穢鬼に同情の余地なんてなかった。


「終わりってことでいいんだよな」


『綺麗さっぱり穢れがなくなっちゃってますから、恐らくは』


「これ、このままだとずっと残ってる感じか」


『ど、どうでしょう。魔物だったら消滅しますよね。あ、ちなみにですが我々も限界ですから』


 ゲゲが言い終わる前に同化が解除され、ヒメとゲゲの身体が元通りに戻っていく。


『仮に何かあっても後は逃げるしかないです。走って』


 右腕は元には戻らず。痛みと違和感を片手に顔をしかめることしかできない。

 死ななかったことを感謝するべきだと思いはしても惜しいものは惜しいのだ。


「えいっ」


 憎かった。という感情も確かにあったが、その時のヒメの行動はつい手がが出てしまっただけの軽いもの。

 見ているだけで心が騒めく穢鬼が悪いと腹を立てるヒメなのである。


『おや。黒い靄に変わっていきますね……』


「行く先は召喚石か?」


『もう余所者としての力は失われているはずですが、不思議ですね』


「え、そうなの」


『そうですが、何か?』


 自身が余所者の区切りから弾かれた存在であることをこの時になって自覚するヒメ。

 そうか、確かにそんなことを言っていたような。という曖昧にしか覚えていない約束を思い出す。


 説明しましたよね? とゲゲに詰め寄られる彼女は目を泳がせながら返事をすることしかできない。


「それで、私はこれからどうすればいい?」


『ミツキ様の依頼は中断しなければなりません。詳細の説明をしなければならないので、一度ミツキ様の元へ案内いたします』


「っ、やっぱダメか」


『大丈夫ですか』


 これまで使用していた愛剣を拾おうとして、そして弾かれる。

 痛みを伴っていたように見えたゲゲは心配をするものの、問題ないと肩をすくませて軽くあしらわれることに。


 神具は余所者のみが扱える武具。持つことすら許されなくなっているということは、つまりはそういうこと。

 寂しくないわけがなかった。今まで一緒になって戦ってきた相棒に拒絶されるのは胸に来るものがあるのだと表すように、ヒメの顔が強張る。

「ヒメ様! 無事ですかーっ!?」


「ふんっ。騒がしいのが戻ってきたな」


『コウ様にはあっしから説明いたしましょうか』


「頼む。上手く言える自信がない」


 同化の代償をちゃんと理解していないという意味なのか。仲間であったコウへ立場の変化を告げることになるのが不安であったのか。

 遠くから駆け寄ってくるコウに背を向けたままヒメはゲゲへと説明の役を託す。


 そして。息を切らしたコウへと腕を喰われた後のことを順番に説明していくゲゲ。

 同化の事は伏せて話を進めているらしく、ヒメが説明しても大して変わりないような大雑把な内容であった。


「えっと、つまりはヒメ様はもうこちら側で戦うことはできないと」


『いいえ。戦うことはできます。ただそれは前線を張れるという意味ではなく後方支援という形になりますが』


「一度戻って状況を整理しませんか?」


『力を得る際に交わした契約がありますので申し訳ありませんがそれはできません。ミツキ様と顔を合わせた後それでもとヒメ様が仰るのであれば引き渡しをいたしますが、それまではあっしとの契約が優先です』


 食い下がるコウを声を聞いているだけで辛くなる。というのが素直なヒメの気持ち。

 それだけ仲間として想ってくれていたのだと。そのことを分かっていたはずなのに、ここまで引き留めようとしてくるとは思っていなかったのだ。


「ヒメ様はそれで納得しているんですか?」


「あぁ。そういう約束だったからな。あと、勘違いするなよ? ゲゲは私達を救ってくれたんだ。何も貶めようとしていたわけじゃないだろ」


 既に戻るつもりはないと決めているから。

 無駄な期待をさせても仕方がないだろうと、先程ゲゲが言っていた嫌だったら戻れるという話は出さない。


「落ち着いたら連絡するからさ。待っていてくれよ」


「約束ですよ。期待はできそうにありませんが」


 ヒメの意思を尊重するのがコウの考え。

 彼の中で、戻ってくる気は無いんだなと理解したことも引き下がった理由の一つだった。


「イノシシちゃんの世話、頼むぞ」


「何言ってるんですか。無理ですよ、私には」


「それくらい甲斐性出せ」


「……はぁ。仕方ないですね。心配だったらいつでも様子見にきてくれていいんですからね」


「あぁ。分かってるって」


 別れの時。それはあまりにも突然の出来事だった。

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