見えた希望と高い壁
『ヒメ様。一応伝えておきますが制限時間ありますからね』
「だったらこの状況から抜け出せる策の一つや二つを教えて欲しいのだが?」
『あっし、戦闘に関しては素人なので』
「素人なりになにかあんだろ。気付いたこと」
「いえ、全く」
戦況としてはコチラが優勢。そこは間違いが無い。
しかし、だからといって手放しに喜べるような状況でもなかった。
再生を繰り返す
斬ってもダメ。打撃に切り替えたところで大して変わらない様子。
弱点。人間でいえば脳や心臓など。
そういった急所はないものかと探ってみても成果は得られず。
頭部らしき部分を斬り落としても再生されることに変化は無く。
心臓やそれに近しい臓器があるだろうと滅多矢鱈に刺して斬って殴ってを試してみても、痛がるだけで致命傷を与えるには至らない。
「だったらどうしろと」
『いっそのこと、逃げちゃいます?』
「だからそれはできないって……あれ?」
『そうです。今のあなたはもう縛られていませんので、逃げることができます』
戦闘以外の選択肢が提示される。
余所者ではなくなったヒメは緊急強制依頼とやらに縛られる必要もなく、仮にここで逃げたとしても誰からも処罰を受けることはないのだ。
ゲゲに言われて初めてその事実に気付くことになる。
逃げるのか。
穢鬼へと蹴りを入れて数十メートル吹っ飛ばした隙に改めて考える。
誰に責められることもない。
自身が生き残るための行動を優先するのならば、逃げ一択であった。
「いや。逃げないね」
それが彼女の選択。傲慢。慢心。そう見えてしまっても仕方のない選択。
「私が逃げたら後から来た奴らはどうなる? 十中八九死ぬだろう。それはなんか嫌だ」
『もう、関係なくなってしまっていてもですか?』
「前は関係あった奴らだ。裏切られたわけでもない嫌がらせをされていたわけでもない。それに、あいつを放っておいたら被害がどこまで広がるのかも分からない。だったら余計に逃げるわけにはいかないだろ」
ここが踏ん張りどころだと。そう言って彼女は跳んで穢鬼へと自身の握る剣を突き立てる。
倒れたまま唸っていた穢鬼相手にはそれくらい難しくもなかった。
「おい、お前はどうやったら死んでくれるんだ?」
「痛いなぁ。やめてくれないか、それ。お前もされたら嫌だろ」
「随分と饒舌になったじゃないか」
「あー、腹減った」
大きく腕や足を振り回した反撃。
少しでも甘えた場所にテレポートをすれば一撃もらっていただろう。
敵も無策のまま突っ込んでくることはしない。そのまま広範囲の隙を補うために腕を振り回したままにしている。
いよいよテレポートの優位性がなくなり始めてきているが、それでもヒメは戦い続ける選択を取る。
『……このまま続ければ、勝てるかもしれません』
「お、何か分かったのか?」
手詰まり感が強まってきていた中のゲゲの言葉。
ヒメとしても期待せずにはいられない。
『負けないかもしれないといった表現の方が正しいかもしれませんが』
「どっちだっていい。どうすればいいんだ?」
『このまま戦い続けましょう。負けないために』
「ちゃんと説明してくれ、よっと!」
攻勢から一転して防勢へ。
テレポートを駆使して時間を稼ぐ戦い方へと切り替えるヒメ。
『あいつ、弱っているように見えますか?』
「いんや。見えないな」
『ですよね。しかし、ある変化があります』
「もったいぶってないで早く教えろ」
『ここら一帯の穢れが急速に減ってきてます。つまり、奴は穢れをエネルギーとして存在しているんです』
「つまり、それまで時間を稼げと」
『はい。ただ一つ問題なのが、穢れが減れば減るほどにコチラもピンチになっていくことです』
「……は?」
『理由は簡単で、あっしの能力が使えなくなるからです』
「なんだ。だったら大丈夫だな。テレポートがなくても同化、だっけ? この状態ならやりあえる」
『その言葉が聞けて安心しました』
見えたのは希望。何をすればいいのかという方針。
ダメージを与えるほどに穢れを使って回復するとくれば、斬って斬って斬りまくる。そして殴って殴って殴りまくるだけ。
一層に激しくなる穢鬼の攻撃をどう捌くのか。どう隙をついていくのか。
テレポートが使えなくなるまではそれを考えれば良い。
そう思っていたヒメは、実際にやってみてその難易度に返り討ちになるのであった。
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