選んだ道の一歩
これは……どういうことだ?
戸惑いが最初の感想であった。
『ヒメ様。まだ、終わっていませんからね。油断の無きようにお願いします』
聞こえてくるというよりも頭の中で浮かんでくる言葉。
自身を第三者に置き換えて独り言をしている時の感覚に似ているのか。
時が戻る。どこまでも引き伸ばされていた時間の流れが急速に戻っていく。
穢鬼の腕が目前に迫り、目の前にある餌に今か今かと涎を垂らしている様子がハッキリと見える。
「いけるっ!」
「な、んだぁ……?」
予想外。弾かれた自身の腕を揺らしながら穢鬼が不思議そうに首をかしげる。
最初の反応を見るに防がれるはずがないと思っていたからこその動揺。
「あれ、なんでお前。腕、あるんだ……?」
「さぁ、どうしてだろうな」
ヒメが剣を下から斬り上げたような姿勢のまま返答する。
何故そんな姿勢になっているのか。穢鬼からの攻撃を弾いたのはヒメが剣を振り上げたからだ。
「さっき。喰った」
「あぁ。喰われた」
「じゃあ、どうして?」
「不思議だな」
奇怪なのはそれが両手を使用しての防御であったこと。
既に失っているはずの右腕がまだヒメにある理由を“両者共に”突き止められない。
『腕は一時的なものです。あっしが魔力で代わりに復元していますが、長くは持ちません。驚くよりもまずは目の前の敵を倒すことが先です』
確かに。よく見ればうっすらと透けているような。
「い、痛いん、だけど?」
「そうか」
今度はお前の番だとヒメは穢鬼のビロビロと伸びた腕を斬り落とす。
観察、考察するのは後。先に気持ちを切り替え戦闘へと移ったのはヒメであった。
そして次の一閃。
「速い。なんで、変わった?」
「さぁ? 痛いのが嫌だからじゃないか?」
今度は互角。互いに繰り出した一撃が互いを押し返す。
自身の動きに付いてきていることに驚きヒメへと問うが、当然ヒメ自身理由など分からないので答えられない。
それがはぐらかされているように思えたらしく、穢鬼に苛立ちが見える。
残った腕で握りこぶしを作り、ギュンっとハンマーの如く空から振り下ろしてくる。
受け止めるのは無理。
そう判断したヒメは咄嗟に後ろへと下がろうとするが、そこでゲゲから忠告が入る。
『それでは遅いですよ』
どういうことだと聞く前に事は起きていた。
「テレポート、したのか?」
『えぇ。今のあなたはあっしと同化しています。あっしにできることは当然あなたにもできる、ということです』
テレポート。それがどれだけ卑怯な能力なのか。
最初にゲゲから話を聞いた時からどう戦いに利用できるのだろうかと妄想を広げていたヒメにとって、ゲゲの言葉に胸を高鳴らせる。
今、なんて言った? 同じことができる? テレポートを、使える?
腕が生えている不思議。穢鬼と同等にやりあえるだけの身体能力になっている不思議。
この状況に散らかっている不思議のどれよりも嬉しい不思議であった。
「いた、い!」
「残念」
穢鬼の背後。死角になっているであろう角度から残っている穢鬼の腕を斬り落とす。
当然反撃が来るわけだが、穢鬼の反撃は虚しく空振りストライク。
そんな穢鬼へとまた反対にテレポートしたヒメが一撃を加える。
「また、消えた!」
「ほら、こっちだ」
「嫌。当たらない!」
「よっ、と!」
それの繰り返し。
攻撃力。反応速度。隙の無さや一挙動の素早さは互角であるはずなのに。
ヒメが穢鬼を一方的に攻められるのはテレポートという反則的なまでの能力があったからこそ。
特別な縛りもなく無条件に使い続けられるのにも理由はあるのだが。今、彼女はそれを知る必要はない。
ただ目の前の敵を打ち倒すことこそが最優先事項なのである。
斬って斬ってどこまでも斬り刻む。相手が倒れるまでそれを続けるだけの簡単なお仕事。同化なる現象が起きる前のヒメにとっては為す術の無い相手であったはずなのに簡単だと言ってしまっていいものなのかどうかだが。少なくとも今のヒメにとっては簡単なお仕事であった。
『……効いてます、よね』
「そう思いたいところだが、微妙だな」
もっとも、こちらがどれだけ斬撃を喰らわせてもそれに意味があるのかは話が別。
「あぁ、腹減ったなぁ。痛いし、嫌だな」
無意味ではないはずだが、本当にこのままでいいのか。
目の前で斬った箇所がどんどん再生されていく様を見て、少し不安になってしまう。
戦いはまだ続くことになる。
すぐに決着というわけにはいかないらしい。
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