ヒメの選ぶ道は
「ヒメ様っ!」
「すまん、助かった」
「助かったって……でも腕が」
「いや。あれで済んだって考えれば良い」
どうする、どうする。
ヒメは千切れた腕の痛みに襲われながらいかにしてこの場を切り抜けるのかを考える。
盛大に音が鳴っているのは鎧ごと食べられているせい。
それが美味しいのかどうかは不明だが、余程お腹が空いているらしい。
ではそんな奴が腕の一本で満足するのか。
「まだ、くれよ」
足りるはずがなかった。
未だ貪っている最中であるのにもかかわらず、次を寄越せと視線はヒメの方へと向けられていた。
ゲゲのテレポートのおかげで距離を取ることができているが、先程の速度を考えると誤差でしかない。
数十メートルの距離を一瞬で移動してきた方法は何だったのか。
ゲゲと同じようにテレポートのような力を持っているのか。
それともただ単にヒメが反応できないほどの速度で移動できるだけなのか。
たった一度の移動手段であったというわけでもないはずだ。
そうなってくると、ヒメにとってはどうにもできない状況になってきてしまう。
攻撃しようにも、防御しようにも回避しようにも。
こちらの速度が通用しないのであればただ一方的にやられてしまうだけなのだから。
「……勝算はおありですか」
「あるわけないだろ。初っ端に腕を喰われてんだから」
今までコチラにあった優位性が今度は敵側にあるときた。
どうやって生き残るのか。時間を稼ぐのか。必死になって考えても答えは出てこない。
考えもなしに先に動いて失敗すれば今度は致命傷に至る反撃を受けてしまうかもしれない。
その可能性があるせいで動くに動けないまま、どんどんと時間が過ぎていってしまう。
時間が来ればそれはすなわち後手に回るしかなくなってしまうということ。
防御専念で何とかなる相手であれば良かったのだが、それもできない。
どうする。どうする。
何度そう問いかけをしたのか分からない。
しかし、それ以上に思考が進んでいかない。
恐怖や焦りから完全に混乱してしまっていた。
逆転の一手。この差を覆す切り札。
そんなものはヒメは持ち合わせていない。
ヒメ一人であれば詰んでいた。
「ヒメ様。手が無いようなのでお伝えいたします。あっしには、この状況をひっくり返す秘策があります」
「どうすればいい」
「覚悟を。この秘策を利用すればあなたの運命は大きく変わってしまいます」
「今更だな」
「ここで死んでおく。それも一つの選択肢ですが、あなたはまだ生きたいと?」
「生きたい……とは違うかもしれねぇが。死にたくない」
「今後、ミツキ様の元で働くことになりますがよろしいですか? 余所者ともこの星に生きる人とも違う、特異な存在になってしまいますがよろしいですか?」
「ま、仕方ねぇな」
「軽いですね」
「難しいこと考えるの嫌いなんだよな。目の前のことで精一杯だ。今は考えられるのは死にたくねぇってことだけだ」
「……分かりました」
重要な工程。飛ばしてしまっても別に誰かから処罰を受けるわけでもない。
ゲゲはそれでもこの過程を無い物になんてできなかった。
それはゲゲの優しさ。あるいは真面目さか。
「あぁ。美味い匂いがする」
やはり。反応すらできなかった
ただ最後に理解できたのは何かの能力ではなく素の身体能力による高速移動であるということ。
どうしてこんなにも近くに声が聞こえるのか。
答えは一つ。既に穢鬼が目の前に迫ってきているから。
ブクブクに膨れ上がった顔に飾りとして付いている口や鼻があるせいで醜さが際立つ。
正常に機能しているのは腕や足にある方であった。
鞭のように後からしなって迫る腕、正確には腕にある口がヒメの腹へと迫ってくる。
間に合わない。防御も回避ももう間に合わない。
残された自由はこの永く思える一瞬をどう味わうのかだけ。
終わり、か。
秘策どうこう話をしたのは一体なんだったのか。
あれだけ時間を使っておいてこのザマかよと心の中で呟く。
力の無い自身の不甲斐無さもそう。
仕方ねぇか。ではなく、悔しい。
それが最後に強く響いた感情。
「――同化開始」
瞬間。二人は重なった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます