煙に想うその味は


「この辺ですね」


「まあ、勝手に出てくるだろ。飯でも食ってれば」


 食欲が旺盛なのは良い事です。と言われればハイそうですと答えるしかない。

 それはヒメが美女であるからなのか、イイエと答えさせないだけの圧力をかけているからこそなのか。


 まぁ、そんな質問をされる人物など彼女の知り合いくらいしかない。


 同類である受付嬢と小蔭は論外として。

 他人の考えを滅多に拒否しない全肯定の蒼。それにイイエと答えるたびに頬を掠める刃に屈したコウと。


 何ともまあ彼女の周りにはイエスと答える人材に溢れていて、それでいいのかと心配になる。

 その時が来れば誰もがその限りではないと思いたいが、果たして。


「ここ最近はのんびりできる依頼が多くて助かるな」


「それはイノシシちゃんのおかげですからね。普通、こんな場所まで行きたがる人いませんから」


「よ~しよしよし。イノシシちゃんありがとうねぇ~」


 いくら移動用の召喚獣がいるとはいえ、長距離の移動はしたくないと思う者がほとんどであるのだ。

 蒼が契約しているウォルもそうだが、体力の問題を考えると基本的に長距離の移動には適していないのが理由の一つ。


 速度を見れば当然ウォルに軍配が上がるが、だからといってイノシシちゃんが遅いというわけでもないのだ。

 一般に多く使用されているウマなんかに比べれば圧倒的にイノシシちゃんの方が速くそして長く移動できる。


 背の上で生活ができる、なんて召喚獣は片手で済んでしまう程度の数しかいないときた。

 その点だけを見れば、正直言ってヒメは特別だと言わざるを得ないだろう。


「あなたが大きい仕事をしたがらないせいで手元にある資金もギリギリの状態ですし、そろそろ一発デカい仕事とかやっちゃいませんか?」


「やだ」


「ですよね」


 現在二人がいるのはイノシシちゃんが水浴びしてもまだまだ余裕がある大きさを持つ湖のほとり。

 あまり天気はよろしくなく、雲ばかりの空模様はお世辞にもピクニック日和だとは言いにくい。


 目的がピクニックでないとなると、一体二人は何をしに来たのか。


「適当でいいんだよ。急いだって特別に良い事があるわけでもあるまいし」


「ヒメ様がそれでいいのなら文句はありませんけどね」


「戦うのが好きってわけでもないんだ。ここ最近はなんでかバケモンみたいな奴らとやり合うことがあったけどさ、基本的には苦労せずに終わらせられる魔物を相手にしていたいんだよ」


 今回は討伐の依頼。ヒメの言うように苦労もしないでも金は入ってくる彼女らにとってはお手頃な依頼。


 いつからあったのか分からないくらいに古くからあったモノなのだが、残っていた理由なんて遠いからくらいの簡単なこと。

 その分達成時の報酬が上乗せされている点を考慮するとうまうまの依頼だろうということで、ヒメが受けることを決めていた。


 当然、ドラゴン退治やら何に使うのかも分からない珍しいの素材の入手やらの高難易度な依頼に比べたら報酬は劣る。

 しかし同レベルの魔物討伐依頼と比べれば三倍ほど報酬が高くなっているのだ。


 長距離の移動を苦としないヒメにとっては受けない理由はなかった。


「ま、もうすぐそんなことも言っていられなくなるんだけどさ」


「星誕祭の時期ですからね」


「一年に一回だからな。嫌だけど死ぬよりかはマシだ」


 と、会話もそこそこにお仕事の時間ですよと。

 縄張りを主張するためなのか狩りだとでも思っているのか、数体の魔物が木々の幹から顔を覗かせてくる。


 神具など身に着ける必要もない。

 戦闘能力は高くなく、個体数としても多くはない。


 討伐依頼の対象にされる理由は別にあった。


「おうおう、可愛い顔しちゃって。コウ、分かってるな?」


「はい、部屋に戻ってますね。お気を付けて」


 人を魅了する魔物。精霊に近い種類らしいが、それもこの依頼を面倒がられている理由の一つ。

 ただ斬り捨てただけでは意味が無くしばらく時間が経つとまた現れるようになるとのことだった。


 神具を身に纏えば魅了への耐性はつくものの、魔物を消滅までさせるだけの力は無い。それはヒメであっても例外ではないのだが彼女には心強い味方がいた。


 精霊であればアイン。彼女に相談したところ以前に渡したお師匠印のお守りがあれば大抵のことはなんとかなることが判明。

 確認してもらったところ依頼対象の魔物でも効果があるという事実が決定打になった。


「ふんっ、姿を変えても意味は無いぞ」


 まずは一体。少女の姿へと変身した魔物を躊躇いなく斬るヒメ。

 恨めしそうに低く唸った後で魔物の身体が塵に変わっていく。


 所詮は知性の無い魔物。魅了が効かないヒメへと勝手に群がっていった。

 筋骨隆々の戦士。よぼよぼの老婆。美男美女のカップル。恐らくは今までに接触のあった者の姿を模倣しているのだろう。


 姿を変えるのは魅了するための一つの手段。相手の好みに合わせた姿になることで油断させて魅了させやすくするのだ。

 残念だったのは人里離れた場所であるためレパートリーが少なかったこと。経験不足とも言える。


「相手が悪かったな」


 戦闘能力の低い魔物に苦戦するヒメでもない。

 飛び掛かってきた三体を塵へと変え残りがいないか周囲を確認する。


「カワイイ。カワイイイ」


「ヘタクソが」


 ガラガラの声で喋った言葉。魔物はコウへと姿を変えて接近を試みたようだが、見た目だけでは誤魔化しきれない杜撰な演技のせいで秒で見抜かれてしまう。


 もし本人が見ていたら少しくらい躊躇してくださいよと声を荒げて抗議をしたかもしれないくらいには見事にスパッと。


 依頼完了。

 自動的に依頼の達成を判断してくれる仕組みは一体誰が構築したものなのか。


 剣の鞘がほんのり光ったのが依頼完了の合図。ヒメからは見えていないが他の武具も同じように光っていた。


「ふむ、ご飯の時間だな」


 今頃ヒメの帰りを待ちつつ食事の準備をしてくれているはずだというコウへの信頼。

 そんな期待を裏切ることなくちゃんと準備を進めているからこそ、ヒメの世話役として君臨し続けているのだ。


 ぽっぽっぽ。

 イノシシちゃんの背からぽっぽ登る煙に胸を膨らませたヒメの足取りは軽い。


 立ち登る煙は魔道具から引き起こされる料理をしてますよと一目でわかるための演出。

 ちょっと贅沢をしてでも機能を追加して良かったと思うヒメなのであった。

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