穢れた世界に終焉を
それはいつかの日常だONE
月夜を背景にシルエットは踊る
「そうだ。パスタを食べよう」
「え?」
「私は上手いパスタが食べたい。用意してくれ」
「急ですね。まぁ別にいいですけど」
ぶらぶらと。月夜を背景にあてもなく適当に進み続けているのはイノシシちゃん。
月光に照らされた大きなその身体は更に大きいまんまるな月に影を貼り付けてトコトコと。
地平線に乗って二次元に移動していくのは。
切り絵で作られたアニメーションは夜の落ち着いた雰囲気をどこか楽し気なものへと変えていく。
「あ~……残念なお知らせが」
「聞きたくない。なんとかしろ」
「もう食材がありません。パスタ関連のものだけ」
跳ねるような歩調はなにも城の主の機嫌を表しているわけではないらしく。
ヒメのご機嫌斜めなんて知りませんと。ぷりぷりとお尻を振って歩き跳ねるイノシシちゃんの姿はとても愛らしい。
ふよんふよんと揺れる尻尾にはピンクのリボンが結ばれているのだが、月の明かりだけでは目で追うくらいしかできないのが残念である。
もっとも、遠くから眺めるからこその風情。
近づけば近づくほどに正体が判明していく恐怖に耐えられる間抜けはそれほど多くはないだろう。
身体が大きいだけで実のところ臆病なイノシシちゃん。わらわらと見知らぬ者達に群がられないのは彼女にとっても喜ばしい状況ではあったり。
ヒメも人とのかかわりを持たず大きな街にもほとんど行かない性格をしているため、良いご主人だなぁという印象を持っていたりする。
「別のものなら用意できますけど」
「やだ。パスタがいい」
「そんな子供みたいなこと言って……困らせないでもらえますか?」
ヒメから怒りの矛先を向けられたことは一度もないため、最初から最後まで第三者であることが多いイノシシちゃん。
喧嘩の声が響くのもいつものこと。しかし、どうしてという理由は気になるので少々騒がしくなる自身の背中へと耳を向ける。
あぁ、今日もご主人の我儘が原因なんですね。という思いは、呆れというか変わらない日常の安堵というか。
何度も近くで喧嘩の様子を見ていればウンザリしてしまいそうなものだが、イノシシちゃんはそんな毎日が好きだった。
誰かが悲しいと涙を流せば一緒になって涙を流し、誰かが楽しいと踊りだせば一緒になって踊りだす。彼女らは臆病だが、しかし孤独を嫌う。
他者との共感と共に生きる。それが
「買ってきて」
「こんな夜中にですか? あなたが人を嫌うせいでこんな田舎と呼ぶにも烏滸がましいくらいの僻地にいるのに??」
視界の頼りといえば月明かりくらいなもので。
周りにあるのは山や川、遠くには湖があって森も広がっている。
「自然豊かでいいだろ」
「そのせいで食料に困る状況に陥っているのですが、何か反論はありますか?」
「こんな状況になる前に買い出しなり食料の調達をすればよかった。貴様が」
「あくまで他人任せなんですね。まぁ確かに私の仕事の範囲ではあるのですが。それを言われると私が悪くなってしまうんですが!」
「勝ち。ぷー」
日常的な生活における責任は全て世話役に収束するというのはどこのペアでも似たようなものだが、やはりと言うべきか最終的にはコウが負けることに。
パスタが食べられない不満はコウを言い負かしたことで発散できたらしいヒメは、イノシシちゃんの手綱を握る負け犬を押しやり部屋から出ていく。
「なぁお腹空いたよぅ~」
ぽふっと鼻息交じりに返事をしたのはイノシシちゃん。
主に頭を撫でられうなぎ登りに上がっていく機嫌の矢印。
トテトテ、トントンっ。
嵐の中であるのかと思いたくなる程に木々の枝を揺らしながら。イノシシちゃんのその足取りは非常に軽いものであった。
ぷっち、ぷっち。くちゃっくっちゃ。
彼女自身は気付いていないのだが、足元に群がってきている魔物を踏みつぶしながらの行進。
「おこちゃまだからなぁ~。パスタ以外でも許してやろうと思うんだけど、どうかなぁ?」
ぷっぷー!
図体に似合わず可愛らしい鳴き声を披露しての一時停止。
「んじゃ、任せた」
「ええ、いってらっしゃいませ」
イノシシちゃんの頭上から飛び降りたのはヒメ。
料理が完成するまでの時間でイノシシちゃんに群がってきていた魔物を蹴散らす、というのがいつもの流れ。
お腹を空かせるためなのか。イノシシちゃんが可哀そうだからなのか。
魔物を倒せばその分だけ自身の力になるでしょ。ということでコウが促したのが初めだったか。
「イノシシちゃんを傷つける悪い魔物はどこですか~?」
さてさて。今日も今日とて穏やかな一日を終える。
そして、二人と一匹の時間はまだ少し続いていく。
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