誰かが創った世界の景色
「お疲れ様なのですな。これでもう村は襲われることはないのですな?」
「はい。少なくとも定期的に来ていたという魔物の襲撃はなくなると思いますよ」
壊れることなく終わった防壁の外。
避難が終わりヒメ達が戻ってくるのを待っていた村人代表に依頼の完了を告げることになる。
原因が穢界化していたフォグエットであったと判明し、そして消滅させることに成功したのだ。
もう穢れに縛られたままの生活を続けることはない。
詳細は伏せたままだったがそれでも村人達は説明を求めることはしなかった。魔物に襲われる心配がなくなったのならばそれで十分、とのことだ。
結果的には森に棲む魔物も討伐され、村的には万々歳なのだろう。
ヒメとしても説明したところで良い気分にはならないし、誰かが報われるようなことにもならないだろうと安心することに。
また、釘を刺すつもりであった依頼内容の誤魔化しがどうこうといった事などはどうでもよくなっていた。
「確かに被害はありましたが、今後を考えれば良かったと思うのですな」
「全員、助けてやれなかった。申し訳ない」
「……ヒメ殿は最善を尽くされたと思うのですな」
家屋が壊され死人も出ているのは事実なのだ。
抱えることになった罪の意識に比べれば、説明しようがしなかろうが微々たる差でしかない。
喉の奥に詰まっている何かを吐き出せないまま。
その誰に向ければいいのか分からない感情を抱えてヒメは村を離れることになる。
「次の目的地はどこだ」
「おや、珍しいですね。いつもは気にもしないのに」
少年のことを知った。
村に現れたフォグエットが悪い魔物ではないと教えようとした少年は、呆気なく信頼ごと斬り殺されたこと。
なんで。そんな疑問を持つことなく。
フォグエットの過去を知ることなく。
悔やむ。少年の名を聞いていなかったことに頭を抱える。
「今回ばかりはしばらく良い夢を見れそうにないな。こんなこと、ここ最近はなかった」
イノシシちゃんの背中の上。揺れるヒメの城の中で、その理由が分からないと心底不思議そうに天井をぼやっと眺める。
のほんとした空気と一緒に雲の流れでも眺められたのなら。幾分か気が紛れただろう。
天井という変化の無い景色のせいで思考が同じところでグルグルと回り続けてしまう。
そう。罪悪感だ。思考の大半を占領しているのは罪の意識。
ヒメは自身が悪いのだと無意識の内に信じ込んでしまっていた。
もっと何かできたんじゃないか。もっと良い方法を思いついたんじゃないか。
少年を助けることができたんじゃないか。村に被害が出る前に解決できたんじゃないか。
過ぎたことを何度も何度もシミュレーションしてあの時の自分の選択を否定し続ける。それを反省と見るか意味の無いもしもの妄想だと見るのか。
ヒメにとってはそのどちらでもなかった。
懺悔。自身の愚かな行動を誰かに許してほしくて、延々と過ちを作り続けていた。
「あなたに心が残っている証拠ですよ」
コウの一言が逃げ道の無いヒメの胸の内を抉る。
しかし、そのおかげで思考が止まる。そして顔を横に向ければ。
白く広がった雲を泳がせている大空が。
小さな窓から見える景色だからこそどこまでも広がっているんだと、その先を期待してしまう。
ヒメの心も同じ。
彼女が小さな視点で観測できる事などあまりにも少ないのだ。
だからこそ。知らない景色をどこまでも想像できる。
それはつまり人として生きているということ。
いくら自身を卑下しても彼女はこの世界に生きる人間の一人なのである。
「……そうか」
「ええ。そうなんです」
窓を開けた。
吹き入れた風がヒメの赤い髪を靡かせる。
「風が気持ち良いな」
心なしか。イノシシちゃんの足取りも軽いものになったようで。
まだまだ終わらない余所者としての使命。
それを果たすのは一体何年、何十年とかかるのか。
ただ、それでも。ヒメはまだまだ挫けることは無いだろう。
どんな時だって見上げればそこには大きな大きな青い空が広がっているのだから。
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