彼女は重い女なんです!


 光の中から飛び出していったのはヒメ。

 変身だの合体だの言い合っていたものの、特段変わったところはないように見える。


 見た目からはパワーアップないしはフォームチェンジのような変化を実感できないが、一体何が変わったというのか。


「軽いっ! 軽いなぁ、フォグエット!」


 笑って煽る。


 衝撃に波打つ髪が次の瞬間には引っ張られるように伸びていく。

 横にそして縦に。文字通り縦横無尽に動き回るヒメ。


 といってもその動き自体は今までにも見せてきていたもの。特別な力が働いているようには思えない。

 熱に燃えるその刃も爛爛と相手を威圧する赤い瞳も、何も変わっていない。


「質量こそ正義っ。これで貴様の優位性は無くなったぞ」


 カギになるのは契約している召喚獣。

 蒼であれば碧狼へきろうのウォル。ヒメであれば猪嶽いだけのイノシシちゃんがそれに該当する。


「ヒメ様が得た力は単純明快。猪嶽いだけのその質量です」


 一体誰に向かって語っているのか。中身の無い召喚石を片手に説明をしたのはコウ。余韻に浸っているのであろう彼は何故かポーズを維持したまま戦いを行く末を見守っていた。


 もしや力を得る代償がそのポーズを維持することなのか? もしかしてそのポーズをやめてしまうと効果が切れるのか……?

 とか思わせてきて、疲れた飽きたとおもむろに姿勢を正す彼は紛らわしいと後頭部に張り手を入れられてもいい気がする。


「久しぶりだからな。せいぜい良い練習台になってくれや」


 防戦を決め込んでいた戦い方が一転。

 受け流すことで精一杯だったフォグエットの一撃を悠々と押し返すヒメ。


 フォグエットにとっては何十メートルもの岩石を叩いているような感覚だろう。


「まぁ、あんまり時間もかけたくないしすぐ終わらせるけど」


 縦に振り下ろされた一閃を防御したかったのだろう。しかしそれも叶わず。

 斧は破壊され、肩から腰辺りまで焼き斬られるフォグエット。


 再生を。まだ、戦える。時間を掛ければまだまだ戦える。

 そんな風に思っていたのか。既に意識を穢れに乗っ取られた彼の思いを知ることはできない。


 勝機など無い。


 いつか心を焦がした英雄ならばそのことにも気付いていただろう。

 縋る力の源が悪かった。手軽さに目がくらんだ時点で彼の敗北は決まっていたのだ。


「化け物め……」


 呪いからの解放。夢からの覚醒。希望が絶望に変わった瞬間だった。

 消えた首の断面から溢れていくのは彼の願った想い。何年、何十年と積もらせてきた村を救う英雄への憧れ。


 球状に成形された穢れが尾を引いて空へと消えていく。

 その一つ一つが。かつての一日一日の後悔を乗せて消えていく。


 信じてくれていた少年の想いを裏切ったままフォグエットは消える。

 最期まで信じてくれた少年をその手で斬ったフォグエットは消える。


 ひたすらに自身の願いを優先し続けてきたフォグエットが消えていく。

 贖罪を果たすことすらしないまま爪痕だけを残して消えていってしまう。


 フォグエットが遺した歴史も消えてしまえばよかったのに。

 彼が刻んできた時間が無かったことになればよかったのに。


 残酷だからこそ。消し去ってしまい過去だからこそ。

 穢れは何もかもを残して消えていく。


 依頼完了。ヒメは化け物の討伐を果たす。

 少年との約束だけが心残りの彼女は大きく息を吸い、そして吐き出した。

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