英雄を望んだ残滓
最初は本当にただの青年。あふれる凡夫に変わりなく。
村を救い感謝されるという。フォグエットが願った通りの形がそこにはあった。
「鎧も硬いっ……!」
いつからか。村が定期的に襲われるようになったのは。
いつだっただろうか。フォグエットが村を守れるだけの力を手に入れたのは。
「見た目通りに一撃が重いっ、なっと!」
それはフォグエットが穢れに侵された日から。
それはフォグエットが穢れに願いを叶えてもらった瞬間から。
「かといって鈍足じゃないってのが羨ましい!」
村が定期的に襲われるようになったのはフォグエットがそう願ったから。
村を守りたいという願いのために穢れは村を守るための状況を作り出したのだ。
その度にフォグエットは穢れに与えられた力を使い村を守り続けた。
何度かそれが続けば自然と村の英雄として認識されるようになっていくのは当然の流れだった。
「ダメージは入ってるよな、流石に。じゃないと困るんだけどさ」
村の人間がフォグエットの名を告げることが無くなっていったのは数年が過ぎた頃だったか。
日常になったからだとか。感謝を忘れただとか。そんな話ではない。
村人の記憶からフォグエットという英雄は徐々に消されていってしまっただけ。
何故か。理由なんて一つしかない。
それが穢れに願いを叶えてもらった代償。
日が経てば経つほどに。村を守れば守るほどに。
フォグエットという英雄の存在は村人から消されていく。
それでもお前は何かを守るために動けるのか? という問い。
「……まぁ、腕も足も生えてくるか。さっき首を斬っても再生してたし」
ただフォグエットはそれでも良かった。村を救うことが願いであり、実際に村を守ることができているのだから。
自身のせいで魔物の襲撃が起こっていることは自覚していたが、自分がいれば問題はないと。
感謝されている間はそう思うことができていたのは当然か。
働きに対する報酬を正当に貰うことができているのだから、文句はなかったというだけ。
いつかはこの状況が終わる日が来るだろうと。いつか変化する日が来るだろうと。
フォグエットは叶うわけのない初めから無かった希望を持っていた。だから彼は折れることが無かったのだ。
しかし、待てども待てども状況が変わることはなかった。
完全に顔も名前も存在すらも忘れられたのは十年が経った頃。
忘れられて、そして顔見知りになり。村を守った英雄として感謝され、最後には忘れられる。それの繰り返しだ。
でも、まだ大丈夫。まだ俺はやれるんだと。
「もう、村の奴らは安全なところまで逃げられたか?」
十年、二十年も経てば顔も変わってくる。老けて、青年から段々とおっさんへと変わっていく。フォグエットは最初、そう思っていた。
化け物。
そう呼ばれるまでは。忘れられたとはいえ、今まで守ってきたはずの人々に化け物だと恐れられてしまうことになった。
その時初めて、ただ老けていたのではなく穢れの力を使う度に穢れに浸食されていた事実に初めて気付くことになる。
鏡を見ても自分ではその変化を知ることはできず、気付けば化け物だと恐れられる姿に成り果てていたフォグエット。
幸い、言葉が通じたことで敵意が無いことを示すことはできたおかげか。
魔物が魔物を倒し村を救ってくれたと、最低限の感謝を受けたもののそれは最初の一年だけ。
それからは村を守ったはずなのに感謝の一つもされなくなってしまう。
「このまま続ければ負けるのはこちら、か……!」
英雄はついに英雄ではなくなってしまう。
ようやく。三十年を過ぎた頃、フォグエットは自身の愚かさを自覚するのだった。
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