不敵な笑みに誤魔化す焦り


 狂っているのはお前の方だと。

 世界を不完全たらしめる穢れの声を聞いたのはフォグエット。


 残念なのは彼が自分の罪を自覚することなく化け物へと成り果ててしまったこと。

 良かったのは自身を信じてくれていた少年の最期をその目で見なくて済んだこと。


「っ、あれは森の……!?」


「なんの合図ですか、あれ」


「む、村に危険が迫っている合図ですな。いつもと何かが違っている可能性があるのですな」


 事前に考えておいたセリフ。しかし、想定通りではない流れに戸惑いを隠せていない村人代表の姿からコウは少し焦ることに。


 想定外の事態であるのはコチラも同じ。

 少年から聞いていた情報が本当であるとするのならば、村に危険が迫った時は森に棲む魔物が対処するはずだ。


 それなのにもかかわらず緊急事態が発生しているのは何故か。


 少年から告げられたように魔物が小屋から出ないことを守っている証拠なのか。

 いやしかし。本当に村に危険が迫っているのならばその身を犠牲にしてでも動くはずだ。村を守ることがあの魔物の目的であるならば。


「何が起きている」


「詳しくは。ただ、何かあったのは間違いないみたいです」


 村の方から見えたのは魔道具によって打ち上げられた信号弾。

 それを見たヒメが矢の如く風を切って戻ってくる。


 彼女がチラと見渡して確認できた限りでも皆が似た反応を見せていた。周囲にいる村人の様子を見てアチラさんにとっても想定外の状況であることを察する。


「イノシシちゃんを呼んでおけ。最低でも壁にはなるだろう」


 グズグズと話をしている暇はないだろうと判断したヒメは、先に駆け出していた村の男達を追い抜いて駆けていく。


「お前たちは戻れ。守り切れんっ!」


 それだけを叫び、後はどうしようが知らんと一人走り抜けていく。

 予感というよりも確信。この先にいるのはこちら側の思い通りに事が進むのを嫌う黒幕がいるのだと。


 先頭に躍り出ることは容易く。しかし出遅れた時間を取り戻すことは難解。


 後手に回った瞬間に考えるべきは無事を願うことではなく被害の拡大を最小限に抑える方法。

 逃げてくる女子供が背後から命を奪われるなんてことは絶対にあってはならない。


 一撃だ。最初の一撃で勝負を決することこそが今の自分にできる最善の一手。

 自然と柄を握るヒメの手に力が入る。


「――っ」


 あぁ、なるほどな。


「……化け物め」


 今この瞬間に出せる最高火力をぶち込んだ結果にヒメは恨めしさを感じることになった。


 標的は健在。首を狙った刃はその途中で動きを止められることに。

 防御されたわけでもない。剣を振り切る前に邪魔が入ったわけでもない。


 ただ目の前の化け物が硬すぎただけ。


「まいったなこりゃ」


 無防備な相手に対し最高の一撃をぶつけても通じなかったという事実は重い。

 つまるところ、ヒメでは決定打に欠けることが判明した瞬間である。


 ヒメの力の神髄は刃の切れ味どうこうで終わる話ではないのだが、火力不足という状況は変わらない。

 早期決着を望めないことが分かった今、ヒメにできることは相手の攻撃力の低さを期待することくらいだ。持久戦は苦手だとか愚痴を吐く暇はない。


 果たして気付いてくれるのだろうかという心配はあるが、時間を稼ぐことで生まれてくる勝機も勿論ある。


 しかし。大きな斧を持ち、全身に鎧を纏っているその姿は残念なことに。

 少年の言っていた森に棲む魔物の特徴と一致していることから攻撃力の低さはあまり望めそうにもないだろう、と。


 ヒメは目の前で傷を再生させていく名も分からない魔物をどう攻略しようか思考を巡らせるが、ある事実がノイズになり思考を纏めるのもままならない。


 それは先程の魔物とヒメの剣が接触した瞬間だった。


「こいつが全ての元凶……しかもかなり穢れをため込んでるときた。ホント、嫌になってくる」


 穢界化していたのは空間ではなかった。


「フォグエット。それがお前の名だったものか」


 それは流れ込んできた情報。それが戦う者へと払う敬意だと語っているように思えて虫唾が走る。

 今更そんな姿になってまで抱えていたであろう信念の残りカスを示されても同情などできるはずもない。


 ヒメから見たフォグエットはどこからどうみても人間の姿をしていた。

 少なくとも、少年が魔物だと見間違えるような醜い姿はしていない。


 ヒメは改めて穢れの悪性を認識をすることになるのであった。

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