それは太古から続くもの


 供物を捧げよ。それは神への献上。

 穢れをきよめよ。それは神が望む行為。


 目玉をくり抜け。皮を剥げ。肉を刻め。血を垂らせ。

 言霊。脳内へと響くのは女神の願い。


 穢れに染まった世界を赦すな。

 不完全なこの世界を決して赦すな。


 醒めれば忘却が常のその呪いに縛られたまま。

 余所者はそれでも戦うことを強いられる。


 ヒメもまたその一人。例外などなく。彼女が覚えていなくとも経験を済ませているその事象は。

 一瞬。人間ではとても自覚できない時の中で起こる矯正。


「ようやく半分、といったところか」


 捧げた魔物の数が三桁を越え、増援が収まってきた様子から終わりが見え始める。

 流石のヒメも少し息を上げ、取り逃がした個体が村へと向かっていないかを確認する。


 その間、魔物が待ってくれるはずもなく。理性を奪われたままでは逃げるという選択をすることもなく。

 ただ操り人形のように与えられた行動を身体が壊れてしまうまで続けるだけ。


 機械的な動きに手こずる要素など無かった。


 叩きつけたこん棒は虚しく空振り、二度目の攻撃へと移ろうとした頃には既にヒメに斬られた後。

 それが何度も。何度も繰り返され、次第に面白みも無くなっていく。


 戦いに面白みを求めるな。という批判はもっともだがヒメの圧倒的なその戦い方を見れば危機感なんて薄れていってしまうのも確かな事実であった。

 最早それは命のやりとりではなく一方的な虐殺でしかない。


「……っていや、馬鹿か私は。別にチマチマやる必要ないじゃん」


 一閃。横薙ぎに剣を一振りしただけ。

 確かに何度も連発できる技じゃないが、かといって出し惜しみする理由も無い。


 以前、巨人の首を斬り落ちした時に比べれば小規模なものではあるがそれでも威力は申し分ない。

 ヒメに群がっていた数十の図体だけの魔物達を消し炭と化していく。


 それは斬るというよりも熱で燃やした結果であった。


 神具を身に着けているヒメにとってはたった一発であれば後ろに控えている戦闘のことなんて気にする必要はない。

 攻撃範囲を伸ばした赤い斬撃が飛び交う戦場は数分もかからない内に静かな平地の姿へと戻っていく。


 熱に灼ける剣を鞘へと納めたヒメは自身の周りを確かめる。


 魔物の千切れた身体。血に染まった草原。炭に変わった肉塊。

 特におかしなところはない。見慣れた光景が広がっているだけ。


 例の森に棲む魔物は手筈通り近づいてきてはいないようであった。

 隠れられるような場所は近くにはなく、奇襲をされる心配もないと判断をする。


 ……何もおかしいところは今のところない。


「ま、一旦は終わりってことでいいか」


 踵を返したヒメは自身に向けられた視線に気付くことになる。

 恐れ。それはまさに化け物を見るような村人達の恐怖に染まった目が向けられていたのだ。


 圧倒的な力は時に迫害の対象となる。

 たとえ味方であったとしても関係なく、その力がもし自身に向けられたらと起きるかもしれない未来に恐怖する。


 自ら敵対する方向へと動いてしまうのは人間の愚かな習性なのか。

 だからこそ生存圏を広げ繁栄することができたのか。


 もっとも、ヒメにとってはあまりにもどうでもいい事柄であるが。

 受け入れてもらいたいとは端から思っていない。今更、今後付き合っていくつもりもない他人との関係性なんて気にしても無駄と考えていた。


 さて。依頼も完了。村人の目論見通りには事が進まなかったわけだが、どう出るのか。それだけは少しだけ興味のあるヒメは一人堂々と前を向いて歩く。


 そんなヒメの様子を見て。

 満足そうに頷きながら見守っているのはコウだけであった。

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