ヒメの世話役であるということ

「到着しますよヒメ様……ヒメ様ぁ~、起きてくださ~い」


「んぇぁ……?」


 イノシシの背に乗って行くよどこまでも。

 見た目のわりに揺れが気にならないその快適さは乗り物界隈の中でも珍しく。


 世話役に起こされたヒメは動物の背の上に存在するにしては広い部屋の中で背伸びを。

 ぎゅうぎゅうの空間でないため遠慮なく運動をして、未だ惰眠を欲する身体を覚醒させていく。


「依頼の内容は覚えてますか? 覚えてませんよねそもそもいませんでしたから」


「小難しい内容なのか?」


「簡単です。内容自体は討伐依頼となっています。単純です。安心してください」


「簡単だの単純だの繰り返し言わなくてもいいっての。馬鹿にしてんのかオイ」


「では、依頼内容の詳細をお聞きになりますか?」


「……面倒だしいいや」


「ほら」


 ばっすーん! なんて音を盛大に立てたのはヒメが枕代わりにしていたクッション。

 分かってましたよと告げた直後に口笛を吹きだした世話役にムカついたから投げつけたのだ。


「呑気に手綱を握っているだけだと後ろから刺されるぞテメェ!」


「あの、それが仕事なんですから。あと刺されないように守ってくれるのが仕事でしょうになんであなたが刺してくるんですか」


 おーばーおーばー。お姫様のなんとリアクションの大きいこと。


 似たようなやり取りなどこれまでに何度もしてきているだろうによく飽きないものだと。

 意思疎通が気楽にできたのなら、二人を乗せてトコトコ歩いているイノシシちゃんに突っ込まれていただろう。


「着いたら詳細な打ち合わせをします。なんとなくでいいので聞いていてください」


 返事はないものの背後から聞こえる準備をしていそうな物音から、機嫌自体は特別に悪くないことが確認できる。

 本当に機嫌が悪いと『帰る』の一言で終わってしまうこともあるのだ。


 不憫な世話役の名前はコウ。


 彼はなまじ優秀であったために面倒そうなヒメの世話役に抜擢されてしまった青年。

 押し付けられたとも言うが、まぁコウにとってはヒメの世話役になること自体は別に気にしていなかった。


 まぁ、そこには別段理由もないのだが。拒絶するほど嫌じゃないというだけ。

 当然のように不満も文句もあるのは間違いがない。しかし、そういうものだろうと。誰の世話役になったとしても不満が出るのは変わらないだろうという考え。


 コウの懐は空のように広大であるらしい。時折、雨雲に落雷が発生することもそっくりだ。

 それも妹のわがままを経験してきているおかげ、なんて言ってしまうと妹さんに失礼かもしれないが。


 ともかく。何が言いたいのかというとヒメは偶然とはいえ恵まれていたということ。コウでなければとうの昔に見放されていただろうと。

 そのことに気付いているのに感謝の一言が言えないのはヒメの悪いところだが、実はコウはそんな彼女のことを察していたりいなかったり。


「腹減ったな。話は飯食ってからにしようぜ」


「何が良いですか」


「……任せる」


 それは彼に対する信頼の言葉。

 彼に出されたものならまぁ別になんでも食べるという意思。


「では芋虫とミミズのスープとそれを適当にイイ感じにソースっぽくしてパスタ食べましょう」


 それをまぁ見事に打ち砕くのがコウという男。

 わざとやっているにしてもわざわざそこを攻めなくてもいいだろうと思うことを平気でやってのける。


 再び襲い来るのは豪速クッション。

 振り返るのも怖くなるただならぬ気配が背中に刺さる。


 嫌わていているわけじゃないのは分かっているしそれでいい。というのがコウの感情なのであった。


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