頼りになるイノシシちゃん(ヒメ命名)


「こ、これは……!」


「どう? ウチのイノシシちゃん。可愛いだろ?」


「大き過ぎませんかね……?」


 キッチン付き、トイレもシャワーも付いている。最早それは家だろと言いたくなる環境を背に乗せたイノシシの身体は必然とデカくなる。


 二階建ての家かそれ以上に高さのある動物なんて普通はお目にかかれない。高さだけでなく安定性のある横幅も両立しているともなればそれはもう化け物だ。

 よく分からん見たことない何かが攻めてきたと勘違いしてしまうのも仕方のない事だった。


 村中の男衆が武器を持って待ち構えてしまっていてもまーそうなるよね、と。

 矢を射られたことはこれが初めてではないヒメ達は冷静に謝罪をする。


 謝罪と言ってもヒメはごめんごめんと笑うだけであるが。

 事情の説明であったり騒がせてしまったことに対するお詫びの品を渡したりといったことはほとんどコウがやっていた。


 いつものこと、と本人たちは気にもしない。

 しかしそんな様子を初めて見る人からは鬼嫁だとか男は奴隷なんだとか勝手に想像されてしまうことに。


 まぁ、それもいつも通りといえばそうなのだが。


「依頼の詳細を聞かせてもらっても?」


「えぇそれは勿論。泊って頂く場所に案内しますのでそこで話をしましょう」


「今日中にどうにもならない、という認識で?」


「本番は明後日です。それに、長旅でお疲れでしょう? それまではゆっくりと身体を休めていてください」


「……分かりました」


 面倒だなと、コウは正直そう思ってしまう。

 そもそもあれだけヒメに対しちくちく言っていたのにもかかわらず、コウも討伐依頼という情報くらいしか持っていなかったのだ。

 宿泊が必要であるという事をここで二人して初めて知ることになる。


 仕事を貰ってくるのはいいのだが何でもかんでも受けるせいで詳細が不明なものまで担当することになるのは問題だろうと。


 同じ不満を持っている者も多いのだが改善されないのは、そも大規模な組織を持っているわけではないから。所詮はちょっと強い力を持った者の寄せ集めなのである。


 誰が始祖なのかも不明なまま、いつから続いているのか分からないまま。

 ただ分かっているのは神に選ばれた者が集まっているということ。


 理由も無く、無作為に。

 適当に掴まれた誰かが余所者と呼ばれる形に生まれ変わる。


 まさに神の所業。


 顔も声も、本当に存在しているのかも謎。

 しかし何故か脳内にこびり付いている情報であった。


 一つ言えるのは、実際のところ事実なのかどうかを知っているのは誰一人としていないということ。


「めんどくせぇ」


「話を聞くだけです」


「別にいいだろ、あそこで」


「そんなこと言わずに気晴らしがてら歩きましょうよ」


 珍しく食い下がるコウに“何かあるんだな”と察することになる。

 考えるのは私の仕事じゃないと思うようにしているヒメは、だったら頑張ってくれと大人しく引き下がる。


「見てください。武器を持ったまま、ずっとこちらを警戒しているようです」


「まぁ、あんなでけぇ獣を見れば誰でもそうなるだろ」


「それはその正体がなにであったのか不明だったからこその対応です。なのに、正体が分かったのにもかかわらず警戒を解こうとしないのは……おかしくありませんか」


「私達を怪しんでいるのか? 本当に依頼を受けた奴なのかどうか」


「証明できないのなら帰れみたいなことも言わなかったじゃないですか。本当に怪しんでいるのならわざわざ村に入れたりしませんよ」


「ふーん……」


 コウの分析を右から左への耳トンネル工事に使うヒメ。

 仮に今襲われでもしたらどう動こうか、というシミュレーションを脳内でしているせいなのか。ただ単に面倒が勝ってしまっただけなのか。


 ヒメがあまり真剣ではないのには理由があり、そしてコウが不安を感じていないのにも理由があった。

 二人とも、人が相手ならイノシシを呼べば大抵のことはどうにでもなるからなぁ、と思っていたり。


 明確に敵対したことが分かった瞬間イノシシに村中を荒らされて終わりだぞと。

 伝わらなければ意味の無い心中での牽制をするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る