忘れられた戦士に終焉を

いつしか自身が化け物に


「俺が……俺が悪いのか……?」


 乾いた泥が塊になってこびり付いているのは鎧。

 小さな窓から差し込む陽の光を反射させているのは放り投げられたまま置かれている斧の刃。


 整えられることなく伸びている髭が男の性格を表している。


 一体、こうして落ち込むのは何度目になるのか。

 数えることもしないで済ませてきた嫌な思い出がぐるぐると頭の中で何度も繰り返される。


 小屋の中。男は大きくため息をついて、壁にもたれかかる。


 彼の名前はフォグエット。

 誰かを守れるだけの力が欲しいと願い、そして守れるだけの力を手にした戦士。


 これでもう自身の不甲斐無さに嫌になることも無いと。

 いつの日か、助けてくれたあの屈強な戦士に近づいて同じところへと辿り着けるだろうかと。


 鏡を見る。そこに映っているのは果たして尊敬できるような戦士なのか。

 いや、フォグエットの目に映っているのは今にも泣きそうな情けない顔をした男が一人。


 理想と現実の違いを思い知らされる。


 ドンドンっ! ドンドン!


 遠慮のないドアの叩き方。

 前触れの無いノックに飛び上がるほど驚き、着たままの鎧をガシャガシャと鳴らしてしまう。


 そんなことをする人物には心当たりがあるらしく、正体不明の誰かに怯えることなくノックされたドアへと向かっていくフォグエット。


「食べ物持ってきたよ!」


「……あぁ、ありがとう」


 陽が落ちるにはまだ早いが油断していたらすぐに薄暗くなってきてしまう時間帯。

 子供であれば尚更のこと、ふらふらしている暇はないはずなのに。


 “化け物”を目の前にしても動揺することなく話かけてくれる小さな存在がそこにいた。

 聞いてしまえばいつか悲しむ日が来ることが分かっていたフォグエットは目の前でにへらと笑う男の子の名前を知らない。


 招き入れたわけではないのに。

 そうするのが当然とばかりに小屋の中へと入りこんでくる彼をフォグエットはただ見守ることしかできない。


 下手をすれば彼にも怖がられてしまうかもしれないから。


「ここに置いておくね。それじゃ、また今度ね!」


「またな。気を付けて帰るんだぞ」


 会話らしい会話など一切なく。

 まるで話が通じない相手と接しているかのように、探るようなジェスチャーの仕方はどうしてなのか。


 森の中にひっそりと建っている小屋の中で、軽快に駆けていく少年の背を眺めるフォグエット。


 彼は、これから起きることを予感していた。

 いつかはその日が来るだろうと覚悟していたことだったが、来なければいいとも思っていたこと。


 少年が持ってきてくれた物の中に紛れ込んでいたのは、拙い絵が描かれた紙切れ。


 本の余白部分を切り取ったのだろう。

 大きくないその紙には“化け物が討伐されている”様子を思わせる絵があった。


 フォグエットと同じ鎧。フォグエットと同じ武器。

 フォグエットが棲む小屋が燃えている様子。


 少年からのメッセージだと気付く。


 必死に守ってきた村から迫害されるのだと。

 襲い来る化け物から村を守っていたはずなのに今度は自身が化け物として討伐対象になったのだと。


 しばらく前から監視の目があるのは気が付いていた。

 危害を加える気は無いのだと伝えるためにわざと放置をしていたのに。


 フォグエットどうやら村の連中は機を探っていただけなのだと思い知ることになる。

 定期的に会いに来る少年のことを知られ、村の為に少年は利用されたのだ。


 事実よりも希望。そうであってくれという願い。

 少年にすらも裏切られたとなれば耐えられないと。


 もう今更できることは少ない。

 何を選択するのかを決めることくらいだ。


 村なんて捨てて自分だけ逃げてしまうのか。

 なにもせずこのまま焼け死ぬのか。


 抵抗して、なんとかして共存の道を見つけようとするのか。

 それとも、もうどうなってもいいと。最後くらい暴れてしまってもいいだろうと吹っ切れるのか。


 最初はただ村を守りたいと願っただけの青年であったフォグエット。

 しかし、いつしか彼の姿は化け物になってしまっていた。

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