神様の落とし物
「お願いします、行ってください!」
それは戦いを終わりに導く勝利の女神の一声。
それは前線でアインを護っていたヒメと蒼に対する言葉ではなく、精霊使いとしての技を発動するための言葉。使役する精霊へのお願いの言葉。
誰に対する言葉にせよそれが戦闘を次の段階へと進める合図であった。
「準備をお願いしますっ」
「蒼、後はやれるな?」
「ふんっ、ひめたん忘れてない? 護ることに関しては俺の右に出る奴はいねえっての!」
何回だっただろうか。巨人が大地を震わせたのは。
一回や二回ではない。少なくとも、二桁に到達するくらいは回数を重ねていた。
その振動の数は巨人が歩いた歩数とも言える。
既に巨人は目と鼻の先。あと数回、足を踏み出されたら巨人に握り潰されてしまいそうな距離だ。
途中、巨人がジャンプをして距離を稼いでなければまだまだ時間はあったはずだと嘆いても意味は無い。
「あの子が目印を付けてくれるので、あとはお任せします……!」
「手こずらせてくれたからな。きっちりお礼はしてやるさ」
フヨフヨ。役目を与えられた精霊が巨人の元へと飛んでいく。
どうして分かるのかって? 勿論、ぼんやりと発光しているからだ。
飛行能力が乏しいのかなんだか頼りない動きをしている。
だ、大丈夫か……? とはとても本人の前では言えず上手くいってくれと願うばかりであった。
……巨人の動きが一瞬止まる。
何故か、なんてそんなの分かりきっているだろう。
巨人もその何かは分からないがぼんやり発光したモノが近づいてきたのが分かったからだ。
こちらに見えているものは当然あちらさんにも見えるということ。
更に言えば、見えるのならば邪魔することもできるということだ。
鞭のようにしなった腕触手が全て。
無防備なまま懸命に飛ぶおつかい精霊の方へと伸びていく。
「ま、させないけどな」
跳んだのは蒼。
三人が標的ではなくなった瞬間はつまり蒼が自由に動けるようになった瞬間。
蒼たちと近づいてくる光と、その両方を攻撃する対象にしなかったのは巨人の失敗。
しなかったのかできなかったのかは不明だが、標的を絞ってしまったことは間違いなく落ち度だと言える。
「しばらく凍ってろ」
邪魔になるからとあえて腕触手に対して能力を使用していなかった蒼が、ここにきてようやくその力を発揮させる。
白く吹き出たのは蒼の息。
蒼の能力の影響で周囲の気温が一気に下がる。
斬られた部分から巨人の腕触手が徐々に凍っていき、大きな氷の柱を作り出す。
最終盤とも言える状況にまで持ち込んでいる現在、氷柱の数本は障害に成り得ない。
まぁ、無制限にその力を振るえるというわけでもなく。
いざという時の切り札、とまでは言わないがそう簡単に連発していい力ではない。
体力とは別にMPのような概念があるイメージだろうか。
マジックポイント、マナポイント、想像する名称に違いはあるかも知れないが特別な力を振るうためのエネルギーであるという部分は大きな違いはないだろう。
明確に数値化されているわけではないからこそ、使用は慎重にするべき。
蒼を含め、自身の力を十全に振るえる限界を把握していないといざという時に困ってしまうことになる。
「ウゴカ、ナイ……サムイヨ……ヤメ、テ!」
バリバリと音を立てて割れていくのは蒼に凍らされた腕触手。
まだ冷気が届いていない巨腕を振り上げ、そして地面へと叩きつける。
攻撃することが目的ではなかった。凍った腕触手を振り落とすことが目的の行動。
もっとも、巨人の意図が何であったのかは関係なく蒼やヒメにとってはそれだけで脅威となるのだが。
ただ、今回に限っては悪手であった。
「わざわざ道を作ってくれてたすかるぜ、っと!」
やったことはただその能力を使うだけ。地面に叩きつけられた巨腕へと斬りかかったのは蒼。対象に傷を付けることが能力を発動させるための条件の一つであり、わざわざ隙を作ってくれたと言える。
「っ、あそこです!」
巨人への弱点箇所のマーキングが完了した。そこへ攻撃を叩きこむヒメの準備は万端で、蒼が巨人の動きを鈍らせていられる時間は有限で。
これ以上の好機は後にも先にもないだろう。決めるなら今であった。
ググッ、と力を溜めたと思った次の瞬間。ヒメの身体が一直線の軌跡を描き跳び出していく。
疾走に
その熱量に溶けていく巨人の氷腕を必死に維持させようと蒼が雄たけびを上げる。
熱い。灼けるような心の奥に
通常では考えられない爆発的な神秘が溢れ出すヒメの姿はいつか見た神の如く。
ウィークポイント。ヒメは首筋に光るその場所へと駆けあがっていく。
「コワイ。ヤメテ……イタイ! イタイイタイ!」
凍っていない反対の腕がヒメへと迫るが、片腕で精一杯の蒼に頼ることはできない。しかし、ヒメにとってそれは障壁にはならない。
「反抗期、というやつか?」
上から迫る影。今更、巨人の拳が振り下ろされたところでもう遅い。
それよりも早く目当ての場所へと到達したヒメは、一切の躊躇いを見せることなく剣を一振り。
雷光一閃。
巨人の首を落としたのは炎の輪。
丸く描かれた赤い剣筋が余韻を演出させる。
崩れるように、溶けるように消滅していく子供達。
小さな光の粒子一つ一つがぽつぽつと願いを恨めしそうに零し、そして消えていく。
『ありがとう』
それは感謝の言葉。
記憶の中で聞き覚えのあるその声。
短い間でも共に過ごした子供達の誰かの声。
「最後くらい恨みの言葉を残してよかったのに」
しばらく。しばらくは。
何もしない時間が欲しいものだと。
足場の無くなったヒメは光の粒に飲み込まれるように落ちていく。
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