それは三日月模様の


「お師匠印のお守りは持ってますよね」


「さっきくれたやつか? 持ってるぞ、これだろ」


「はい、それでは始めますね……!」


 巨人に対してこっちを見ろとアインが杖を掲げると、丸まった杖の先っぽが光り輝いていく。

 眩しいと感じるくらいに大きくなった光の玉が一直線に巨人の元へと浮かび飛んでいった。


 それを二回三回と続けざまに放ったアインは、申し訳なさそうな声で告げる。


「まずはこちらに意識を向かせますっ。弱点に目印を付けるまで、もしかしなくても攻撃なり邪魔が入ると思います! 守ってください!」


「そういうことは先に言ってくれ」


 丁度、一つ目の光球が巨人の目の前で弾けてしまったところでの言葉。

 こっちにいるぞと導くように、道標の如く大きな音と合わせて二個目三個目と同じように弾けさせていく。


『ミエナイ、マブ、シイ……! アアアァァアァァアア!!』


 気を引く作戦は成功。

 巨人の向かう少し先にいた碧狼や蒼に向いていた身体が、光球の導きによってヒメ達へと向き始めていく。


 距離はまだあるものの、そこらの家屋以上に身長のある化け物に狙われるのだ。

 少しぐらい怖気づいてしまうのは仕方のない事だろう。


 覚悟を決めていたはずのアインはつい後ずさりをしてしまうことに。


「心配するな。お前は、お前の仕事に集中していればいい」


「は、はいっ……!」


 この人がいなかったら逃げ出してしまっていたかもしれない。

 そう思ってしまう弱虫は心の奥底へと仕舞い込んで、自信たっぷりに自分の役割に集中していくアイン。


 ぶつぶつと小言で詠唱を始め、堂々としたその姿はヒメの勝利への希望をより一層強くするものになる。


『ホシイ……クレナカッタモノ……コンドコソ……!』


 手を伸ばしたところで手にすることが叶わないのは、昔の話。

 そう主張するかのように巨人の腕に異変が生じる。


 未だその長い腕を伸ばしたところで届くはずの無い距離。

 しかし腕から何かが生えてくるのが見え、ヒメは改めて剣を構え直す。


『タリナイ……タリナイ、タリナイイィィ!!』


「っ!? 腕か!?」


 幾重にも重なった腕。腕に腕が重なって何百mの距離を稼いだらしい。

 遠くから見れば触手のように見えてしまう。


 腕の触手は一本だけではなくヒメとアインを囲むように何本も伸びてくる。

 並みの戦士では一人で捌き切れる量ではないのだが、果たして。


 ――それは、赤く廻る軌跡。


 一つ二つと数える間に、三つ四つと斬り落とされていくのは子供たちの腕触手。

 もがき苦しむいくつもの腕はのたうち回った後で、生気を失い動かなくなっていく。


 必要以上に送られているのか、それ程までに膨大なエネルギーが必要なのか。


 血管のような線が浮き出た腕から噴き出したのは紛れもない血。

 飛び散った赤いエネルギーは宙に舞い地に落ちる前に蒸発していく。


 それはヒメの力なのか巨人の持つ熱量であるのか。


「っ! 次!」


 シュビッと横に剣を薙いだのは気合を入れ直しただけなのかそれとも癖か。

 頬を叩く要領で自身を奮い立たせるようにも見える。


 痛がっているのか怒っているのか。はたまた泣き叫んでいるだけなのか。


 揺れたのは地面。そして巨人。

 戦いはまだ始まったばかりだと腕触手が次々に襲い掛かってくる。


「斬った、ところからは……っ! また生えてくることはないようだなっ!」


 襲い掛かってくるのは元となる巨人の巨大な腕から生えてくる腕触手だけ。

 一度に生やせる数にも限度があるらしく、無数の腕触手で一度に攻撃をできるわけではないらしい。


 ならば問題は無いと啖呵を切りたいところのヒメであるが、安心できない理由があった。


 問題はこれがいつまで続くのか、だ。

 事前にこのくらい時間を稼いでくださいといった指定がアインからあったわけではないのだ。


 生きている以上はヒメも人である。無制限にこの戦い方を維持できるわけじゃない。体力は時間が経つと共に減っていく。

 更に言えば、最後にトドメの一撃を放つ余力を残しておかなければいけない。


 不確定な事が多く正直に言ってしまえば気が気じゃない。というのが今のヒメの心情であったのだが……。


「楽しそうなことやってんじゃん! 混ぜてくれよ!」


「バカ者。どこを見れば楽しそうに見えるのだ!!!」


 そんな大きな怒声とは裏腹に、蒼の救援に歯茎をちらつかせるヒメなのであった。



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