呼び起こされた灼熱


 なんだ、あれは。


 ヒメがその姿を見た時、言葉が見つからなかった。


 先に行かせたはずの蒼は何をしているのだ、という怒りより。

 蒼ですらどうすることもできなかった相手なのか、という恐怖の感情。


 山を掴み。川となる窪みをその身で作るとでも言わんばかりの巨体。


「な、何をするのが正解なんだ……?」


 今まで、手に負えないと感じる事の方が少なかった。

 どんな強大なつわものも、どんな狡猾な悪も。


 所詮は命ある生物の範疇に過ぎなかったのに。


「ナンデ、ステタノ……? クルシイ……アツイ、ヨ」


 顔に顔が埋まった巨人。それも一つや二つではなく、それこそ数えたくもない程の“子供”の顔。


「クライ、ヨ? ネムイ、ノハママノセイ。パパ、イタイヨ」


 呪いの言葉。生にすがる、かつての一番嫌いな思い出の欠片。


 腕から腕が生えて。足から足が生えて。

 無数の血肉の集合体。


 自身に『オマエ?』向けられている『ドウシテ?』疑問では『チガウ』ないはずなのに、心が『ユルシテ』罪悪の『ウマレテコナイホウガ』濁りに飲み込まれて『イタイ』いく。


「ごめんなさ――」


「ダメ。許しを乞うのはあなたじゃない」


 ゴツと鈍い衝撃。

 頭を殴られたような、そんな痛みのおかげでヒメは正気の提示を肯定できた。


「ア、アイン?」


「あれはあなたの倒すべきモノ。決して、恐れるモノじゃない……!」


 殴られたそして声が聞こえた背後へと振り返る。

 くるんっと先の丸まった杖を見て、どうやらアインの愛用具で殴られたらしいことをそこで改めて認識するヒメ。


 そして、先刻とはまるで別人のような様相のアインに戸惑いを隠せないまま話は進んでいく。


「彼が気を引いてくれているけどゆっくりしている暇はないの。冷静になったのなら、早く戦って」


 巨人が進む方向。碧狼と共に巨人の注意を引こうと身体を張っている蒼の姿がそこにはあった。


「た、戦えっていったってどうすれば……」


 らしくない。ヒメは自身でそう思いつつ、未だ震える感覚のある手を自ら握る。

 落ち着け。そう思うほどに加速していく混沌の色。


 一度混じってしまった絵具が元に戻らないように、ぐちゃぐちゃにされた思考はもう元には戻らない。


 アインはそんな彼女を見て、美しくないと思った。

 あれだけ輝いて見えた尊敬の姿はもう見る影もない。


 逆だった。


 何かに怯えるその姿は、まるで先刻までのアインのようだった。

 そして真っすぐヒメを見つめる赤毛の精霊使いは、理想としたその人の姿のようで。


「私が、先に行きます。隙を作ります」


 烏滸おこがましい。とは思わない。


「私では決定的なダメージを負わせることができません。でも、あなたならできます」


 目の前のあなたはきっとそんな風には思わないから。


「……狙うべき場所には目印をつけます。あなたはそこに最大の一撃をお見舞いしてやってください」


 いつしかヒメは瞼を閉じていた。

 何も見なくて済むから。何も知らなくて済むから。


「一つ、聞いてもいいか?」


「なんでしょう?」


「辛くはないのか?」


「辛くないです。この杖を振るうだけの、簡単なお仕事ですから!」


 そして、彼女の想いの色で乱れた思考を塗り直すことができるから。


「……あぁ、そうだな」


 瞬間、鞘が灼ける。

 抑えられていた炎剣の真の姿がヒメの感情の高ぶりによって顕現する。


「――あの穢れた願いに終焉を」


 爛々と燃える赤い瞳がそこにはあった。

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